2009年07月31日

お弁当

子供ら二人が学校へ行き始めたからといって、私がのんびり午前中を過ごせる日なんてない。

6:00  子供らとともに起床
      子供らの身支度
6:30  子供らに朝ごはん
      子供ら歯磨き
6:55  だんながアオを小学校へ送っていく
7:00  自分の身支度 
      洗濯
      窓を開け、食器を片付け、家庭菜園に水やり
7:15  NHK朝の連続テレビ小説「つばさ」を見ながら朝ごはん
      だんながユメを幼稚園に送っていく 
7:30  だんなに朝ごはん
      おもちゃなど散らかっているものの片付け
8:10  お弁当作り
8:40  だんなが小学校へアオのお弁当を持っていき、仕事へ
      洗濯物を干す(汗だく)
      部屋のモップがけ、その他もろもろの掃除(汗だく)
      家庭菜園の場所の草抜き(汗だく)
      アイロン(汗だく)
10:20 自転車で幼稚園にユメを迎えに行く
10:40 帰宅後昼ごはんと3時のおやつを作る
11:40 ユメと昼ごはん
12:00 歩いてユメとともに小学校へアオを迎えに行く
12:30 帰宅後食器洗い
      洗濯物を取り込みたたむ
13:30 力尽きて昼寝


とまあこんなかんじで、午前中15分しかゆっくり座れる時間がない。
送り迎えだけで学校まで5往復。
最初の3回はだんなが行ってくれるのだが。
幼稚園と小学校の微妙な時間差のため、何度も行かなきゃならない。 

さて、あれ?っと思った箇所、あるでしょ。
そう、お弁当。
お弁当は、後で届けてもよいのだ。
多分どこの学校もいいと思う。
というのも、朝早くに持たせて悪くなるのが嫌だから。
なにしろこの暑さ。
傷むのは早い。
弁当箱あけたら酸い〜臭いはいかんいかん。
1年生は9時に休憩時間があり、だいたいみんなその時間に食べているので、その時にお弁当を届けている。
学校の門が開いていれば教室まで持っていくし、(授業中でもかまわない)門がしまっていれば門番の人に渡せば届けてもらえる。
私のように専業主婦ならいいが、働いているお母さん方は同じクラスの子の専業主婦のお母さんに、月々お金を払ってお弁当を作ってもらっている。
高学年になれば食堂で自分で買って食べる子が多いが、まだ1年生になったばかりの子にお金を持たせるというのはよろしくないという考えの人もけっこういる。

しかしお弁当を後で届けるというのは、日本では忘れ物扱いだなー。
ちょっと恥ずかしいかんじ。
日本はキャラ弁というのがはやっているらしいが、インドネシア人の作るお弁当といったらまっっったく凝っていない。
具無しチャーハンだけとか、インスタントラーメンだけとか。
私は一応、炭水化物と野菜とたんぱく質が入っていればいいって程度。
弁当のことだけを考えると、本当にインドネシアの学校でよかった。
朝ゆっくりめでいいし、細かい彩り考えんでいいし。
それでもやっぱりぐったりして昼寝はしちゃうんだな〜。
グータラ主婦だとは思っていないのだが・・・
posted by ubor at 23:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 日常チャ飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

ノート

アオの入学以来いちばんしんどかった作業
ノートカバー作り

DSC01135.JPG

ごく普通のノートを買ってきて、それに茶色いわら半紙のようなものを糊で張り、教科ごとに色紙を張る。
そしてビニールのカバーをする。
いたって簡単な作業のようだが、地味ーで肩がこる。
1冊ぐらいならいいが、すべての教科と国算社理は宿題用ノートも作らなければならず、全部で15冊。
しかもまだ音楽の授業、作文の授業もノートがいるらしいとわかったので、近々追加で作らなければならない。

こんなノートカバーをするのはうちの学校だけじゃないか?と疑問を持ったものの、どこの文房具屋に行っても専用のわら半紙とノートカバーが売っていたので、どこの学校もこんな風にノート作りをしなければならないんだろう。
日本の学校のノートなら、「こくご」「さんすう」とか書いてあって名前書くだけでいいのに。

さて、こんなにがんばって作ったノートだが、アオはいまいちノートの使い方をわかっていないのが悲しい。
何度も学校に行く前に、
「これは先生の言うたこと書くノートやで、こっちは宿題が出たらその宿題するためのノートやからな」
と、ノートに関して説明して、「しゅくだいよう」と一つには書いているものの、ノートが2冊いる授業では、あっちに書いてきたりこっちに書いてきたり。
さらに、前から書いてくる日もあれば後ろから書いてくる日もあり、ノートを上下逆さまで書いてくる日もある。
どのノートだろうが前だろうが後ろだろうが、上だろうが下だろうが、どうでもいいようだ。
書けばいいと思っているのだろうか。
はー、不安がよぎるわ。
ま、でも始まったばかり。
しばらくすれば前から順に授業用ノートに書いてくるようになるだろう。
新1年生の母、気長に教えていくしかないな。
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2009年07月23日

○年○組

またまたご無沙汰してしまいました。
回線の調子が悪くて更新できませんでした。
インフラが整っていない国だということでご理解お願いいたします。


アオは1年生になって2週間。
毎日きちんと6時に起き、楽しく学校に行っている。
ユメも同じく幼稚園生活を楽しく過ごしている。

さて、母の私はと言えば、子供らがいない時間ができてゆっくり自分の時間をもてるのかと思いきや、まったくそうではない。
いろいろ地味にやることがある。

まず名前書き。
ユメの幼稚園のものはそんなにたいしたことはないが、アオの小学校の教科書やらノートやらはかなりの量。
でも、日本の小学校の算数セットの中身全部に名前を書くよりはましだろうが。

アオは1年2組だった。
だから私は何も考えず、

1−2 AO

と書いていた。
そしたらそれを横で見ていただんなが、

「いち ひく に ってこれ何?意味わからん」と。
いやいや、1年2組は1−2って書くやんか!
・・・・いや、そういえば、教室のドアに

  
T

って書いてあったわ・・・
だんなに言った。
「もしかしてローマ数字のいち書いて、右上に小さく2書かなあかん?」
「そうや」
へ〜〜〜〜。
ひょんなことで夫婦間異文化交流。
○年○組も国が違えば書き方も違うんやな〜。

1−2と日本風に書いてしまっていたのは2冊だけだったので、それは仕方なく横に書き直し、残りは無事インドネシア風に書き終えた。
がしかし・・・これで終わらなかったのがインドネシア。
1週間後、アオは1年3組になってしまったのだ・・・
くらくらした。
なぜ1週間でクラスが変わったのか、ちょっと長くなるが、日本ではありえない話なので説明しておこう。

入学日、教室には3組まで31人ずつの名前が張り出されていた。
が、その隣りに4組の教室があった。
後々特進クラスを作ると聞いていたので、そのための教室かと私は思っていたのだが、実は14人だけ4組の生徒がいた。
学校側はあと17人生徒を集めるつもりだったのだが、間に合わないので4組の生徒だけは1週間遅れで入学してもらうことにしたらしい。
だが、1週間延期したところで17人集まらなかった。
そこで4組に入れられた生徒の親からクレームがあり、結局次の週、4組だった子らは全員1組に入り、1組だった生徒の半数以上が2組に、2組の生徒らは3組に、3組は4組にとずれていき、28人ずつ4クラスとなった。
最初っから28人ずつにしとったらよかったんちゃうんかい!
もうほんま、わけわからんやり方。
お母さん連中で「もう全部1年2組で名前書いてもたよなー」と顔をしかめあったのは言うまでもない。
担任の先生はそのまま同じだったが、時間割は変わった。
そしてアオの教科書はすべて、1年2組の2の部分を黒マジックでぐちゃぐちゃとぬって横に3と書き直した。
まっさらの教科書なのに、なんかきたない。
インドネシア人目線の私としては、一部名前に黒でぐちゃぬりしているところがあっても中身は同じ、気にしなーい。
しかし、日本人目線の私としては、せっかくの新1年生の教科書なのに全部名前に間違い箇所があるなんて・・・という思い。
こ2つの心の葛藤が、今もなお続いている。
来年は、最初の2週間、名前の○組の部分は書かないでおこうと強く思ったのだった。
posted by ubor at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常チャ飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

入学・入園

IMG_0777.JPG

今日はアオの入学、ユメの入園日だった。
日本のような式はなく、オリエンテーションが1週間ほど続く。
その間は親が教室の外で待っててもよい。
アオはだんなにまかせ、私はユメとともに幼稚園へ。

ユメは家でずっと私やアオと日本語で生活していて、だんながインドネシア語で話しかけても絶対返事せず、断固としてインドネシア語を拒否していた。
だんなが、「お父さんとインドネシア語しゃべろう、な、幼稚園行ったら誰も日本語しゃべられへんねんで」と何度も諭したが、
「ユメ幼稚園行かない!」の一徹で、かなり心配していた。
しかし朝起きて制服を着ると、泣くこともごねることもせず、幼稚園に着き、担任の先生に手を引かれていった。
アオのときは1週間泣きっぱなしだったので、今回も最初の1週間はしんどいなーと思っていたが、意外にもユメは模範的園児だった。
3歳児の年少組は、ユメ以外全員、ずっとちょろちょろちょろちょろしていて、お母さんやベビーシッターの人が絶え間なく追いかける追いかける。
担任の先生も、クラスは7人だけなのにあっちに気をとられれば次こっちが、というふうに見ていてめまいがしそうだった。
が、ユメはというと先生の言うことだけをする。
何をするかわからないときは先生のそばにじっといる。
ご飯も残さず全部最後まで座って食べたのはユメだけで、先生がほめてくれた。
私はうれしいと同時に拍子抜け。
なんや、もう明日から付き添い来んでええやん。
ユメは朝、相当腹をくくって出かけたのかもしれない。
帰ってきてからも幼稚園での出来事をたくさん話してくれた。
「ユメな、今日な、先生と風船飛ばしてん。ほんでな、ご飯全部食べてん。でもな、人がうろうろうろうろしとったで」
同じクラスの子らを「人」呼ばわり。
日が経つに連れて「お友達」と呼ぶようになるだろう。
ユメの幼稚園生活、ひとまず出だしは好調でスタートを切ったのだった。
posted by ubor at 23:08| Comment(7) | TrackBack(0) | 子の成長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

投票

昨夜遅く、玄関ドアの下にチラシのようなものが入っていた。
こんな夜に何の宣伝かと思ってみると、だんなの投票受付用紙。
そう、明日、インドネシアでは大統領選挙があるからだ。
にしても前々日の夜にそんなもん配るって・・・いつもながらぎりぎりやなーと思う。
で、仕事から帰ってきただんながそれを見て、ほくそえんだ。
「おれ2回投票できるやん」と。
自宅以外に実家にもその用紙が来ているらしい。
実家は車で5分ほどの距離のところだが投票場所は別だから、知らん顔して2回できる。
一度投票した人には手の小指に黒インクで投票済みの印をされるのだが、「やー、ちょっと汚れるん嫌やから」と言って免れることもできる。

だんな以外に2枚用紙が来ている人が、周りにもけっこういる。
反対に、ニュースでは用紙が来ていないと抗議する人もよく見る。
大統領選挙とはいえ、あんまりそこらへんきちっとしてないんやね・・・
だんなの場合は、引越ししたから前の場所と今の場所で投票ができるというような間違いだとわかるのだが、他の人はどういう理由なのかよくわからない。
役所もどのくらい町内に人がいるのかはっきりわかってないのだろう。

大統領選挙には現大統領のユドヨノ氏、現副大統領のカラ氏、前大統領のメガワティ氏が立候補している。
私の予想ではユドヨノ氏続投かと思うのだが、だんなは、いや、マカッサル市民は、なにがなんでもカラ氏。
カラ氏はマカッサル出身だから、マカッサル及びスラウェシ島発展のために。
でも、マカッサルとはいえユドヨノ陣営、メガワティ陣営も多少なりともいるので、敵陣営にいちゃもん付けられるのは後々よろしくないから2回投票はやめておくだろう。
内心、だんなが2回投票したからといって、選挙結果がどうこうはならんよと思っている。
選挙は明日だが、結果がわかるのに1ヶ月くらいかかる。
立候補者にとっては、やきもき期間。
さて、誰になるんやろうな。

関係ないが、今日は七夕。
竹取ってきて飾りつけして遊びました。
IMG_0767.JPG
posted by ubor at 23:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常チャ飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

塩卵

だんなとユメがおいしそうにゆで卵を食べていた。
アオも「ぼくもそれ食べたーい」と言ってだんなに殻をむいてもらい、一口パクッと。

おえ〜〜〜〜

すぐさまゴミ箱に行ってペッペペッペとすべてを吐き出した。
なぜかというと、普通のゆで卵じゃなかったから。

DCF_0013.JPG

これはテルールアシン(塩卵)といって、むっちゃくちゃ塩辛い。
殻の色は青白く、中身もくすんだ色。
普通の卵よりはちょい高く、アヒルの卵。
私は一度食べて今日のアオと同じ状態になったので、それ以来食べていない。

にしてもなんであんなに塩辛いのか、だんなに作り方を調べてもらうと、なんと、ゆでていないことが発覚した。(やっぱり茹でてました)
生卵をいっぱいの塩でくるみ、土の中に入れて何日かおくんだとか。
やばくない?それはやばくないかい?
鳥インフルエンザ流行国よ。
いや、やばいだのやばくないだの言う前に、今すぐ作っている現場に行ってこの目で確かめたい衝動に駆られた。
だって、塩気は黄味の中心部までガンガンにきいているし、土の中に入れておいて腐っていないのもよくわからない。
塩卵と呼ぶ前に、不思議卵と呼びたい。

だんなは最近毎日この不思議卵を1個食べる。
この卵があれば、ご飯一杯はいけるようだ。
そうよ、それぐらい塩辛いのよ。
普通の卵をゆでて塩かけて食べるほうが、健康にもお財布にもやさしいな。
ユメも好きだが、女の子が塩卵一つとご飯大盛り食べている姿は見た目よろしくない。
見た目おしとやかに育てるべく、ユメにはこの卵あきらめてもらうしかないか。
posted by ubor at 00:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 日常チャ飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

ご冥福を

今日のお昼ごろ、仕事中のだんなが電話してきた。
「今からお葬式行ってくるから。A(友達)の奥さんが死んだんやって」と。
びっくりすると同時にものすごく悲しくなってきた。
去年二人の結婚式に行ったばかりだったのに、信じられない。
私と同い年か、少し若いくらいなのに。
お産で亡くなったそうだ。
亡くなった後、帝王切開して赤ちゃんは無事らしい。
母親が亡くなっているのに、赤ちゃんが生きていたのにはお医者さんもびっくりしていたようだ。
でも、生まれたときから母がいない子とは、本当にかわいそうで仕方がない。
まだ私が母乳が出るのなら飛んでいってあげたいくらいだ。
だんなの友達も、不調を訴える昨夜まで普通に話していたのにと、その状況を受け入れられない様子で、ただただ「神様がこう決めたことだから」と必死に自分自身に言い聞かせているのが見るに耐えられなかったとだんなは言っていた。
インドネシアでは男手一つで子供を育てていく人はかなり少ないので、多分この赤ちゃんも奥さんのご両親によって育てられていくことになるだろう。

インドネシアでの妊産婦死亡率は、日本と比べてかなり高い。
10万人出生に対して300人、日本なら5,6人なので、50倍強といったところだろうか。
医療技術の違いもあるが、何より、妊娠しても病院に行かない人が多い。
すべてを地域の産婆さんにまかせてしまう。
持病も無く、妊娠初期から後期にかけて健康そのものの女性ならそれでもいいだろうが、やはり、異常があるときは病院に行かなければならないと思う。
実際今日亡くなった奥さんは、痩せ型だったが高血圧、高血糖だったらしい。
妊婦のお産に対する知識が少ないのもあるだろう。
私はたまごくらぶを読んで研究したし、病院の母親学級でも勉強した。
そういう妊婦に対する教育も、まだまだこの国では遅れているなーと痛感する。
救える命は数多く存在するだろう。

インナーリッラーヒ ワ インナーイライヒ ロージウーン
(冥福を祈るイスラムの言葉)
亡くなった奥さんのご冥福をお祈りするとともに、自分が二人の子供を育てられている環境に感謝したいと思う。
posted by ubor at 02:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常チャ飯事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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