2011年01月07日

お知らせ

日頃より当ブログを御愛好頂きどうもありがとうございます。
私事ではございますが、多忙につきしばらくお休みをいただきたいと思います。
何かご用がございましたら、こちらのアドレスにメールをお願いいたします。
maaiaoyume@hotmail.com
また、春以降にでも新しい形でお会いできるよう努めていく所存でございますので、それまでしばしのお待ちを。
ではまた!
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2010年11月10日

オバマ大統領来イ

今日は幼稚園の行事があったのでそれを書こうと思っていたのに、パソコンの調子が悪く写真がアップできず。
最近、雷がゴロゴロドーンと鳴ったら停電し、しかもパッと消えてパッとついたり。
だからパソコンもシャットダウンせずにぶちっと電源が切れ、そのせいでいかれてしまいつつあるのだろう。
写真入りのはまた後日にアップすることにする。


さて、昨日の夕方、アメリカのオバマ大統領夫妻がインドネシアにやってきた。
わずか20時間しか滞在しなかったが、ニュースはどれもこれもオバマ色。
スピーチからエアフォースワンに乗るまで、とにかく生中継。
日本だと、NHKあたりが記者会見を生放送するぐらいで、せいぜい民放は夕方のニュースで編集されて放送されるくらいだろう。

オバマさんの行動一つ一つをコメンテーターが分析していた。
特に、最後、飛行機のタラップを上っていくときに小走りでタッタッタと上ったのが、すごく好評だった。
よくいるお偉いさんのように、どっしりと、ゆっくりゆっくり上るのではなく、軽快にトントントンと上ったのが、威張っておらず、親しみやすさをかもし出していると。
言われてみればそんな気がするな。

おおむねアメリカ嫌いのインドネシア人だが、オバマ大統領は昔インドネシアに住んでいたこともあるということで、まあまあの人気だ。
各地でオバマ大統領訪問に対するデモが起こったが、基本、デモ隊はお金で雇われていて、真剣にオバマさんのことが嫌いでやっている人は少ない。
まあよかった、何事もなくて。
とにかくものすごい厳重警戒っぷりだったし。
オバマさんの乗る車はアメリカから持ってきたものだが、二重構造のドアで、飛行機のドアほどの強度だとか。
あと、会見場所に招待された人たちは、個人で来ることはできず、全員同じバスに乗って会場まで来なければならなかったとも言っていた。
ボディガードも何人おるねんってくらいやったし。
Tシャツに短パンでのんびり歩いている欧米人観光客と比べると、ちょっとかわいそうにも思えた。
終始危険と隣りあわせで国を取り仕切る、なんと勇気のいる仕事だろう。
ただただすごいとしか言葉が出ない。

オバマ大統領はナシゴレン(インドネシアのチャーハン)が好きだと言っていた。
だんなは「朝ごはん、ナシゴレン食べたんちゃうか、お腹ピーピーなってないやろか」と言っていた。
「いやー、なんだかんだ言うて普通にトーストとコーヒーちゃうん」と言ってはっとした。
ナシゴレンでも何でも、食べるんはええけど、ピーピーには要注意や。
インドネシアに旅行に来て、下痢しない人のほうが少ない。
オバマさんは次、このままソウルへと旅立ったが、ソウルまでの数時間、おなかの調子はどうだったのだろう。
無事を祈る。
オバマさんであれ、下痢の心配をしてしまう。
だんなも私も、あー、なんとも庶民派なんだなー。
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2010年10月14日

イルカショー

今日は幼稚園の遠足の日。
9月から1ヶ月だけだが、ジャカルタから移動イルカショーなるものが来ていて、それに行ってきた。
サーカスならわかるけど、イルカショー(オットセイとビーバーもいる)も移動できるにびっくり。
もちろん建物は移動ショーらしく、六角形のテント設営。
言うときます。
鬼、激、超、暑かった
こんな暑苦しい中に閉じ込められたイルカもかわいそうだし、観客で熱中症になる人が出るんじゃないかと思った。
がしかし、観客らは暑さに強いインドネシア人。
いちばん危ないのは私やがな!
しかも私、普段はTシャツにスカートのくせに、今日は何を思ったかイスラム女性の格好で行っていた。
(イスラム女性の格好:頭にスカーフ、長袖等、肌を露出しない格好)
もうほんま、くらくらくらくら。
一応無事帰還できたんやけどね。

ショーはいたって普通。
ビーバー(2匹)がボール転がしたり、
オットセイ(1匹)がボールを口にのせて歩いたり、
イルカ(2匹)が輪をくぐったり。
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会場の子供たちの目は、それはそれは輝いていた。
拍手ももうそりゃぁ目いっぱいよ。
ユメも「お母さん、今日は楽しいなー」とショーの途中何度も言ってきた。
そりゃそうだろうよ。
マカッサルには動物園も水族館もないから、子供たちは大喜びなのである。

私はと言えば、須磨の水族園なんべんも行ってるんでね、イルカよりも調教師に注目。
インドネシアにもこういう動物のきちんとした調教師がいるんだなと感心した。
笛を吹いて合図したり、手で合図したり、日本で見るのと変わりない。
あ、一つびっくりしたのが、7mぐらいある竹の棒で、水面をやたらパシャンパシャンさせること。
あれは何の合図やったんやろう。
とにかく竹の棒を使うのは、こりゃインドネシア流やなと思った。
そして途中、調教師の人が漫画で見るような、ほんとにステーンと滑って転んだ。
観客一同大笑い。
これもインドネシア流?
なかなか暑さに耐えながらも楽しませてもらった。

最後はイルカとふれあい。

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緊張でこわばっているユメ。

帰宅後、クーラーをガンガンに効かせて昼寝をしたのは言うまでもない。
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2010年07月27日

フォトコンテスト

今日は、ユメの幼稚園でフォトコンテストがあった。
朝から浴衣を着せて化粧もしてあげて、かわいらしくして行った。
優勝するべく気合入ってたんだけど・・・

フォトコンテストではなかった。
ただ、「一人ずつ壇上で写真を撮ろう」デー。
お母さん連中、「なんじゃそりゃ」と皆腰を抜かしてしまった。
きちんとしたカメラマンが来ているのかと思いきや、先生方が携帯や普通のカメラで撮っている。
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はりきって一眼レフのごついのを持っていっていた私。
「ママユメ(私)のカメラ、先生に貸してあげたらいいやん」とさえ言われた。
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結局優勝とかそんなものもなく、みーんな写真撮ってはい終わり。
多分それらは、後日掲示板のところに張られるんだろう。
先生たちと、私やお母さん連中との間で「コンテスト」の意義が異なるようだ。
まあでもユメはおしゃれして幼稚園に行けたので、楽しんでいたようだった。
もうそれでそれでよしとすることにしよう。
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2010年07月19日

アオ2年生ユメ年中

皆さん長らくご無沙汰しておりました。
日本を十二分に満喫し、無事にマカッサルへ戻ってまいりました。
来年の夏まで帰省することはないと思うので、また1年当ブログをご愛好のほどよろしくお願い申し上げます。


さてさて、本編へ。
今回の帰省では、アオは日本の小学校へ3週間通わせてもらった。
えー、そんな少しの間だけでもできるのー?と思った方、それならうちの子もできるかしらとも思った方、その学区域の小学校にお問い合わせいただきたい。
ちなみに我が母校でもある実家近くの小学校は、1学年1クラスの小規模な学校で、先生方はいやな顔ひとつせずに受け入れてくれた。
学校でいるものも親戚からお下がりをもらえたりして、特に困ることなく3週間を過ごせたと思う。
運よくその間にオープンスクール(今はもう参観日とは言わないのね・・・)があり、日本の小学校とはこういうものだったのかーと、いろいろインドネシアとの違いを改めて知ったのだった。

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毎日おいしいものを食べ、楽しい場所に行き、子供らは「もうインドネシアに帰りたくなーい」なんて言い出すんじゃないの?と思われる方もいるかもしれないが、3週間経つといつものように
「そろそろインドネシア帰りたいなー」と言うのであった。
わが子らは日本ではだいたい20日が限度らしい。
私はまだ食べ損ねたものがあって、まだまだ未消化だというのに。
卵かけご飯と、温泉卵、来年まで待つしかない。
生卵&半熟卵よ、私を忘れないでいておくれ。

実はマカッサルに戻ってきてから1週間以上経つ。
なのにパソコンを開くのはやっとこさの今日。
アオは2年生になり、ユメは年中組になり、新学期の用意やらでばたばたしてたのと、インドネシア独特のこのだるさになかなか体を戻しきれなかった。
今日からは無事にやっていけそうだ。
と思いきや、もう来月から断食やないの!
また生活リズムが変わる・・・
読書を基本とした生活で、のんびりのんびりしていくこととしよう。
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2010年05月31日

アオ7歳

今日はアオの7歳の誕生日。
先月ユメの誕生日でけっこうなパーティーをしたので、今回はのんびり家族旅行をしようということになった。
運良くインドネシアでは金曜が祝日だったので、この3連休でタナトラジャへ。
トラジャ旅行記はまた明日からのんびり書いていくことにする。

昨日旅行から帰ってきて、今日は朝からケーキ作り。
旅行に行っても一応誕生日ケーキはいるわな。

仮面ライダーwファングジョーカーの顔ケーキ。

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仮面ライダーwは、ルナトリガーやサイクロンジョーカーなどなど派手なバージョンがいっぱいあるのだが、しょうたろうよりもフィリップが好きなアオはファングジョーカー一筋。
よって白と黒のシンプルな顔に、燃える炎のような目でできあがり。
もりもり食べてくれ、来年の誕生日もファングジョーカーのケーキをお願いされた。
そんなもん来年なったらまた違う新しい仮面ライダーのんがええって言うとると思うんやけど。
今週と来週は学年末テストでいっぱい勉強しなきゃならんのがかわいそうだが、旅行してケーキ食べて力をつけてくれただろうか。

アオ、7歳のお誕生日おめでとう!
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2010年05月05日

ユメお遊戯会

金曜土曜とユメの幼稚園で年度末恒例のお遊戯会があった。
まず金曜は、お絵かき大会と今までに作った工作品を披露。

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ペットボトルで作ったぞうさん、ジュースの入れ物やアイスクリームのスプーンで作った牛、その他いろいろなものを飾っていた。

そしてもくもくと色塗りするユメ。

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確か「大会」と名前がついていたはずだが、順位を決めることなく描いて終了。
見に来ていた奥さん連中「え、これで終わり?」と拍子抜け。

で、土曜はお遊戯会。
8時開演。
しかしインドネシアではお決まりの遅れてスタートを見込んで8時半に行ったのだが、始まったのは9時半。
親も子供らも待ちくたびれてすでにだらけていた。
開演の歌をみんなで歌うのだが、子供らをステージの上に並ばせるだけで大変大変。
ユメはだいぶぐずっていたが、みんなが並び始め出してからテンションが上がり、いちばん前の真ん中でちゃんと歌っていた。

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ユメだけ白いイスラム服なので目立つ。
なぜかユメは、開会のクルアーン暗誦(イスラム教の経典の中の1節を暗誦する)にクラス代表として選ばれていたからユメとあと5人だけイスラム服。
代表に選ばれたので、奥さん連中から「ユメはもうクルアーン暗誦の練習させてるの?」と聞かれた。
いやー、何もしてないんやけどなー・・・
アオでさえこの間始めたばかりやのに。
だんなも別に教えてないし。
ほんまにできるんやろうか?不安たっぷりの中見守っていた。

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どうやらちゃんと幼稚園で練習していたようで、きっちりマイクを持って言い遂げた。
ホッとした。
そしてユメの成長に感動!先生たちよありがとう。

その後年中、年長組はピアニカ、歌、踊りなどグループごとに出し物。
ユメの年少組は踊り付きで歌。
7人だけなのでささっと進むのかと思いきや、この年少組を舞台に上げるのにだいぶん先生は手こずった。
一人は走り回って遊びまわっている。
もう一人は舞台に上がらないと言って泣き続けている。
また一人は舞台下にいるお母さんのところから離れない。
結局4人だけで始まった。

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とってもかわいく踊っていて上出来上出来。
歌も大きい声で歌っていた。
がしかし、4人になったもんだから並び具合がわからなくなってしまったのだろう。
列になって踊る場面で、4人が4人とも右に行けばいいのか左に行けばいいのかわからなくなってうろうろキョロキョロ。
観客全員笑う笑う。
ユメは何をどうしたらいいのかわからなくなったとき、指を全部口の中につっこむ癖があるのだが、案の定、突っ込んでいた。
そのときのビデオを家に帰ってから見たのだが、ユメは「もう恥ずかしいから見たらあかん!」と怒っていた。

で、最後に親子ファッションショー。
去年までなかったのに、今年急にすることになっていた。
親子ファッションショーというものだから、子供メインかと思ってユメは浴衣を用意していたのに、前日の説明で親メインだとわかった。
子供らはお遊戯会の服のままでいいのだとか。
しかも親はイスラム服限定。
私も取り付けるのが苦手なジルバブ(イスラム女性の被る頭巾)をつけて出場したさ。
でも生まれてこのかたファッションショーなど出たこともないし、ましてやモデルができるほどの容姿端麗ではない。
だが原則全員参加のようなで仕方ない。
残念ながらだんなはビデオを取っていたので写真には残っておらず、掲載できない。
いや、あったとしても掲載したくない。
それほどお恥ずかしいものだった。
前の人のを見てればどのようにポーズを決めるか分かると思っていたのだが、エントリーナンバー2番。
前に一人しかおらん!
しかもユメに靴を履かせている間に一人目はさっさと終わってしまった。
もうあかん、ポーズ無しや、歩いとけ歩いとけ、と心の中で決め、視点が定まらないままひたすら壇上を何のポーズもせずに歩いただけだった。
もちろんユメもなんのこっちゃわからなかったのだろう。
歩いている間終始、全指を口に突っ込んでいた。
完全におどおど親子。
賞の一つももらえるはずがない。
そして3番以降はなりきりモデル大会のごとく、にこやか笑顔でくるるんと回ったりスカートをひらっとさせたり。
慣れてる!
インドネシア人親子たち、何のためらいもなくモデルになりきっていた。
あかんなー、こういうとこ日本人の私はひいてまうんよねー。
まぁいい、来年からはがっつり練習していこう。

こうしてユメの初お遊戯会は幕を閉じたのであった。
posted by ubor at 18:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

港へ

今日は休みの日だというのに朝5時起き。
眠い目をこすりながらマカッサル一の港ポートレーへ行ってきた。
5年近く住んでるのに船の着く港まで行くのは初めて。
なんで行こうと思い立ったのかというと、日本で買って持って帰ってきた出刃包丁を有効活用するためである。

初めてだったから仕方ないとはいえ、シャツにジーパン、サンダルのスタイルは間違いだった。
アオもユメも長靴履いて来たらよかったーとぶつぶつ文句を言う始末。
完全に私は浮いていた。
周りは魚屋のおっちゃんだらけでごった返してるし、そこらじゅう水浸しでたまらなく生臭かった。
港の魚市場ってそんなもんなんよね、気付くのが遅かった。

それでも普段スーパーでも魚屋でもお目にかかれない魚介類が見れてすごくうれしかった。
マグロやー、タコがある〜、ハマチやー、と市場には出回っていない魚にうっほうほ。
マグロは40センチほどのもので1匹4万ルピア(約400円)、ハマチは1匹5万ルピア(約500円)、やっすぅー。
タコも欲しかったが、たこ焼き機を日本から持ってきていないので、またの機会にすることにした。
そのほか1.5mほどの魚など、見たことの無い魚が数多くあった。
願わくば日本からおさかなくんに来てもらって、いろいろご教授してもらいたい。

偶然親戚のおじさんに会った。

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大量のイカを売っていた。
そういえば7年前におじさんの家におじゃましたときイカを焼いてくれたのだが、イカ売りだったと今日知ったのだった。
ありがたいことにおじさんはお土産だといって、大きなイカ2はいを持たせてくれた。
今度日本からのお土産でももって、7年ぶりにおじさんの家に行っとこう。


さて、家に帰ったらさっそく出刃包丁の出番。

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ハマチとマグロはだんなが3枚におろしてくれ、すべて冷凍庫へ。
冷凍して菌を殺してから刺身で食べようともくろんでいたのだが、だんなに断固反対された。
残念無念。
だんなは日本の寿司は信用しているが、マカッサルの魚は新鮮と言えども信用していないようだ。
お腹痛くなっても知らんで、ギョウチュウでても知らんでと。
しょうがない、炊くなり揚げるなりして食べようか。
寿司や刺身として食べるのが普通のマグロとハマチ。
何にしよう・・・
しばらくクックパッドで検索することにするか。
寿司刺身以外で食べれるマグロとハマチのレシピ、ご存知のかた教えてくださーい。
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2009年12月12日

義父

パソコンを開くのは1週間ぶりぐらいだろうか。

先週12月4日金曜日夜。
そこには日常があった。
モスクから聞こえるアザーン(礼拝の呼び掛け)。
道路沿いに立ち並ぶ揚げ菓子屋台。
そのむんむんとした空気。
バイクで家路へと急ぐ人々。
いつもの光景なのに、氷と化した私の五感。
あの日、義父は逝った。
静かな穏やかな無常の風だった。

イスラムのお葬式では24時間以内に葬らなければならない。
次の日の土曜の昼にはもう、義父は白い布にくるまれて土の奥深くに埋められた。
土を元通りにし、そこには義父の名の書いたお墓ができた。
アオとユメともう一人、孫3人がまずお墓に手を当てて最後のあいさつ。
花々も散らした。
皆、じわじわと涙がこみ上げてくる。
だんなの涙よりも、義弟の涙のほうが辛かった。
まだ大学生、これから先の人生に父はいて欲しかったと思う。
義父は確か歳は58か59か60か、それぐらいだった。
1年半ほど前に肝臓を患い、それからよくなることはなかった。
でも最期は病院ではなく生まれ育った自宅に戻り、安心して安らかに過ごせたと思う。
最期に聞いた言葉は「マンゴーが食べたい」だった。
私は病気だから何か果物が欲しいのかと思ったが、だんなは「いつも食べてたからふと出た言葉やろう」と言っていた。
病院という異空間ではなく、家だからこそ出た言葉なんだろうと思う。
病気よりも義父の日常を感じた。

私は結婚してからの7年ほどしか義父と接していない。
でも、いいことばかりいろいろと思い出す。
私たちが日本から帰ってくるときは、必ず空港まで迎えに来てくれた。
ユメが泣けば抱っこしてあっちこっち歩き回ってくれた。
天井のクモの巣を取るのが上手でいつも頼んだ。
私が家庭菜園をすると言い出したら、庭を耕してくれた。
私の作った日本料理、味噌汁もおにぎりも何でもおいしいと言って食べてくれたのは親族の中でも義父ぐらいだろう。
今日、アオの靴が壊れた。
また義父を思い出した。
靴の修理はいつも義父に任せていたなぁと。
これからは修理屋に頼まなければならないということに寂しさをおぼえる。

義父は最後まで治ると思っていたから、誰も何も言えなかったし、何かを聞くこともできなかった。
悲しみを見せずに、ごく普通のおしゃべりを皆がしていた。
「今までありがとう」の言葉が言えなかった。
心の中の「ありがとう」が義父に届いていただろうか。
風に向かって今言う。
お義父さん、本当に今までありがとう。
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2009年10月01日

始業

早くも神無月。
だんなも私も一つ歳をとる。
祭りだな〜、帰りたいな〜。

さて断食明けの休みも終わり、今日からアオもユメも学校が始まった。
小学校は初日から普通の授業だが、幼稚園はちょっとしたお楽しみ会。
園からのお知らせには、『お菓子持参で、親も来てください』と書いてあったので、私も行ってきた。
いまいち何をするかわからなかったのだが、いきなりクラスごとに歌を歌い始めた。

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始業の日、もちろん練習なしで始めたので、歌を歌えずボーっとしてる子の多いこと多いこと。
ユメは歌はまったく歌っていなかったが振り付けはばっちりで、いつものごとくうろちょろする子らをよそに、先生とともにきちんと前に並んでいた。

その後、みんなでお菓子を食べる。

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お菓子は断食明け用のケーキやクッキー。
こういう会があると、1割程度のお母さん方が大量に持ってくるのが常。
そういうのが好きなはりきりおばちゃんがいるので、私はこっそり楽させてもらっている。
はい、そう、食べるだけ。
日本だと、あそこの奥さんは何もしない、なんて陰口の一つでもたたかれるんだろうが、大勢で食べるのが好きなだけで、まったくもって負担だと本人らは思っていない。
ありがたや。
おいしいと言うと、いつでもなんぼでも作ってきてくれる。

今度の月曜も、何の会かわからないが誘われた。
大勢でご飯食べましょう、おしゃべりしましょうってのにまちがいない。
そんなにおしゃべりできない私を同じように扱ってくれて、しかも急ではなく前もって言ってくれて、さらに、日本の服やら靴やらをくれとも言われず、そして衛生的で、私の考える常識的な付き合いのできる貴重な奥さん友。
村へ行くと私はいつもお金持ってる珍獣扱いやからね。
次こそは私も何か作って行こうと思っていると、一人の奥さんが、
「おにぎりがいいんじゃない」と。
いやいや、おにぎりは簡単すぎて恥ずかしいわ。
なにより、おにぎりを知っていることにびっくり。
巻いてある海苔も、海藻だと知っていた。
普通の人は知らんよ、ぜったい。
奥さん友は、持っている物ではなく知っている知識の豊富さ、その開けた考え方にいつも驚かされる。
さて、おにぎりは却下としても、巻き寿司くらい作ってみようか。
私も同じように「はりきりおばちゃん」になる日が近いと確信しているのである。
posted by ubor at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

ご飯

最近1〜2時間の停電が多い。
停電になると、我が家のご飯はおいしくなる。
炊飯器が使えなくなり、圧力鍋でご飯を炊くからだ。

インドネシアのお米はチャーハン向きで、日本のお米みたいにもっちりして甘くはない。
どんなに米を研いだ後30分おいておいても、蒸らし時間20分おいても、水の量を増やしても、なかなか日本人の舌に合うご飯にはならない。
炊飯器もIHだの圧釜だのってものはなく、昔ながらのポンと押して炊き始めるタイプが本流。

私の住む地区の停電は、だいたい昼11時台から始まることが多く、昼ご飯の準備に仕方なく圧力鍋でご飯を炊いたところ、びっくりぎょうてん。

おいし〜

炊飯器で炊くのとぜんぜん違う。
米粒一つ一つに弾力性があり、こしがある。
今までインドネシアの米では見たことのないツヤ
だんなも一口食べてすぐに
「今日のご飯おいしいなー」と気づいてくれた。

数日圧力鍋ご飯が続いて、もう炊飯器ご飯は食べたくなくなってしまった。
日本から重い重い圧力鍋を持ってきてほんまよかった。
重いし部品が多いから、洗うのはけっこう面倒。
でもそんなことよりもおいしいご飯をとるわ。
炊飯器は保温機能のみの活躍でよい。

停電様様。
災い転じて福と成す。
posted by ubor at 23:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

トランススタジオ

マカッサルにアジア最大(ほんまか?)の屋内遊園地トランススタジオが、今日一般オープンした。
お調子者一家の我が家、お恥ずかしながらさっそく行ってきた。

外観はこんなかんじ。
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屋内なので、写真撮っても暗い。
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いろいろ乗り物に乗って、アオもユメも楽しんだ。
がしかし、私とだんなはディズニーランドやUSJっちゅうもんを経験しているので、それほどでも・・・

もともとマカッサルには遊園地などなかった。
遊びに行くと言えばショッピングモールぐらい。
なので客はほとんどが遊園地未体験者。
遊園地に行ったことがないと、こういうことになるのかーとびっくりしたことがいくつかあった。

一つ目。子供たちが乗り物乗り場の列に並ばない。
大人は並んでいるが、大人のすき間をしゅるしゅるすり抜けて一番前まで突進していく。
親は後ろから「並びなさーい」と言ってはいるものの、聞く耳あらず。
あと、出る人がまだ出てないのにどんどん入ってくる。
子供5人ぐらいがどーっと入ってきて、私はあやうく降り損ねてもう一度機関車に乗るところだった。
これもまた、親が後ろから「出る人が先よー」と言っているものの聞く耳あらず。

二つ目。中年男性3人で観覧車に乗っていた。
あと、ディズニーランドでいうところのプーさんの乗り物。(車に乗って移動していく)
あれにも別の中年男性3人組が乗っていた。
その男性らは乗る車のベルトの装着方法がわからず、警備員さんにも「早くベルトをしてください」と言われあたふたしていた。
それを、発進させたくて急いでいる係りのおねえさんが、警備員と男性らにむかって
「もうベルトせんでもかまへん。こんなもん子供の乗り物やから」
と言っていてだんなとともにくすくす笑った。
中年になって初めての遊園地、じゅうぶん楽しんでたんやないかな。

三つ目。乗り物に乗っていてすでに動いているにもかかわらず、携帯が鳴ってそそくさと降りてどこかへ行ってしまった人がいた。
あぶなー。
係員は見てなかったと思われる。
一歩間違えれば事故やわー。

四つ目。並んでいるのにやっぱり乗りたくなくなったと言って、前へ前へ突き進んでいく人がいた。
なんで後ろに戻らんかったんやろう。
後ろに戻ったほうが絶対早いのに。
どんな乗り物か見るだけ見たかったんかなぁ。
結局その人は無理やりなすき間から出て行き、あやうく機関車と衝突するところだった。

遊園地未体験者の集まり、おもしろくもあるが危険でもあった。


あと、このトランススタジオの不思議点。

@お化け屋敷が12歳以上しか入れない。

そんなに怖いの?

Aたとえ生後1ヶ月の子供でも、入場料(10万ルピア)(約千円)は同じ。

赤ちゃんが何に乗るの?

B観覧車が人の乗り降りのたびに止まり、急に3周ぐるぐる回りだす。

てっぺん付近では手に汗握ったぞ。

C身長120センチ以上150センチ未満の子供しか入れない遊具。
親が付き添いででも入れず、アオは一人で入って一人で出てきた。
壁一枚隔てられていて、写真を撮ることもできず。
ワイヤーロープにくくりつけられて、高いところからシューっと降りていくみたいなのらしい。

今日は空いてたからいいけど、こんでる日は迷子になりそうよ。

Dほとんどの乗り物が身長110センチ以上と注意書きに書かれているが、係員は誰もチェックしておらず、高かろうが低かろうがかまわないらしい。

注意書きいらんのとちゃう?

なんかいろいろ不思議なことが多かった。
今日はトランススタジオを楽しんだのではなく、それにまつわる人間たちを見て楽しんだかんじだった。

ちなみにまだすべての遊具ができているわけではなく、ソフトオープン状態。
断食明け休みには急流すべりもできているようだ。
でも込みそうだし、今日行っておいてよかった。
午後1時に入って、4時には出てた。
だいたい3時間ぐらいを目安にしておいたほうがいいだろう。
あと、屋内なのでクーラーがガンガンに効いているため、長袖長ズボン靴下着用がいいと思う。

さて、トランススタジオはマカッサルの観光スポットとなるのだろうか。
うーんー、わざわざジャワからは観光客来ないだろうなー。
まさか外国からの観光客は見込んでもいないだろうし。(説明注意などすべてインドネシア語でしか表記されていなかったから。)
ま、スラウェシ島人のための遊ぶところかな。
スラウェシの皆さーん、遊びに来てくださいねー。
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2009年05月24日

創立記念日

先日、アオの幼稚園の創立記念行事があったので行ってきた。
何周年記念だか忘れてしまったが、なんせきりのいい数字だったので、隣の小学校のほうでも盛大に同じような記念行事が行われていた。

さて、記念行事とはいっても内容は・・・
まったくのお遊戯発表会。
最初は年長組全員で合唱。

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男の子はたいしたおしゃれはできないことがよくわかる。
女の子はドレス着て、化粧して、髪の毛もクルンクルンと巻き髪にしてる子もいて、それはもう親のおしゃれ度の見せ所。
来年度はユメが入園するので、だいぶ参考になった。

そのあとは女の子の踊りがあったり歌があったり、で、男の子はと言うと、

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これ、合唱&バックで踊り。
アオは歌のクラスをとっているので普通に歌うだけだったが、右のほうに写っている蝶々風全身タイツを着せられている踊りの年中組の子らはちょっと・・・
だんなも横で、「な、あれどうよ、あの全身タイツどうよ、かわいいか?お笑い芸人と変わらんで」と。
うーんー・・・確かにコメディアンと紙一重の衣装である。
でも先生はそれがいいと思って作ったんだろう。
結局、アオはあの全身タイツじゃなくてよかったし、全身タイツ=お笑い芸人というのは日本的感覚なんだろう、ということで話はまとまった。

あと、ピアニカの授業をとっている子らで合奏。

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去年のお遊戯会とは違い、今年はみんなそろっていたし、全員暗譜していて踊りもあり、とてもよい出来であった。
いつも家でも練習させておいてよかった。
ただ、一つ気になったのだが、全員、右手人差し指で演奏していた。
あれ、5本の指は使わないのか?
確かにアオが家で練習するときも始めは絶対人差し指でするので、いつも注意していた。
アオはすぐに「あ、そうやそうや」と言って5本の指を使ってしていたが、幼稚園ではそういう指導はなかったようだ。
それでいつも始めは人差し指ばかりでしていたんかー。
弾けりゃぁそれでいいのね・・・
5本の指を使うよう、きちんとしたピアニカの指導をしてほしいと思うのは、日本人的考えなんだろうか・・・

その後は、ゲームがあったりお菓子が出たりと子供たちはとても楽しんでいた。
私とだんなもアオの幼稚園でのお遊戯会を見るのが最後かと思うと、アオの成長にとてもうれしさが込み上げてきた。
7月からはもう小学生、大きくなったなーの一言に尽きる。
この創立記念行事があったので、卒園行事はもうないはず。
アオは幼稚園を目いっぱい楽しんでくれただろうか。
もう小学校の制服も買ったし、残り1ヶ月の幼稚園生活、満喫できるよう元気いっぱい過ごして欲しいと思う。
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2009年05月19日

マナド旅行記最終編

マナド旅行記最終話 珍しいもの編

今回はマナドの珍しいものを紹介しよう。

マナドのホテルに到着したとき、まず目に入ったのが大きい木琴。
なんでホテルのロビーに木琴があるんやろう?
マナドから車で1時間ほどいったところの湖に行ったのだが、そこの湖上レストランにもあった。
木琴ってマナドでよく使われる楽器なんやろうか?
たたかずにはいられないアオとユメ。

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次に、1リットルの小売ガソリンの入れ物。

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コカコーラの瓶!

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マカッサルはこのようなごく普通の透明な瓶。
これね、例えばよ、ガソリンにコーラの成分入っても大丈夫なんかな?
あと、逆にガソリンの成分が残ってるのにコーラ入れてしもたら・・・飲める?
一度ガソリン入れとして使ったら、もうコーラを入れないとは思うけど、何かの手違いってことあると思う・・・
マカッサルのような透明瓶入りのガソリンを探したが、どこもかしこもコーラの瓶で売られていた。
マナドの人はコーラ好きなんやね。
そういうことで納得しておこう。

マナドに3日間いて、いちばんいいなと思った珍しいもの。

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道端にあるゴミ箱。
ドラム缶を半分に切って再利用しているゴミ箱だが、そこら辺に何メートル置きかである。
シンガポールを思い出させられる。
だからかー、ゴミのないきれいな町並みだなと思ったのは。
マカッサルはもうそれはそれはひどいポイ捨てで、家庭ゴミだろうが、大きい家具だろうが、その辺の道端に転がっている。
暇な人がとにかくそれらを燃やしていて、マカッサルのにおいというと、「煙い」というふうに思っているのだが、マナドはまったく煙さがなかった。
前に海、後ろに山、道にはゴミ箱、空気がとてもきれいだった。
マカッサルに比べると田舎で不便ではあるが、地元を思い出させてくれて、住みたいとまで思った。

本当に楽しかったユメの誕生日記念マナド旅行。
ぜひまた行きたいと思う。
いや、チャンスがあるなら移住したいわ。
次はきれいな海メインで行ーこおっと。

マナド旅行記終。

帰りの空港にて。
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2009年05月12日

マナド旅行記庶民の味編

マナド旅行記パート4 庶民の味編

マナドの庶民の味と言えばこちら。

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左はブブルマナド(マナドのお粥)、右はミーチャカラン(カツオラーメン)。
ホテルの朝食バイキングにあった品である。
お粥は野菜たっぷりでヘルシー。
しかし食べた感はかなりあり、おなかにずっしりくる。
胃腸の弱い私としては、お粥なのに要胃薬。
ミーチャカランはアオとユメがものすごく気に入り、3日連続で朝食として食べていた。
朝からラーメン・・・インドネシア人の子供やわ・・・

ミーチャカランはインスタントラーメンのご当地ものでも売られている。

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こりゃお土産にぴったりやわと思って買って帰り一つ食べてみたが、あのホテルのとは違〜う。
ホテルのはあっさりカツオだしだったが、やっぱりインスタントになると味も塩気もきつくなるのね。
水多めで作るべし。

あとやっぱりカツオがよくとれるので、ナシクニン(ターメリックライス)もカツオだしベースのものだった。

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マカッサルのはココナッツミルクベースで味を整えているので、はっきり言って味がぜんぜん違う。
色は黄色くて見た目は同じだが、まったく別の料理を食べたようなかんじだった。
味よりも何よりも気に入ったのがこの包み。

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かわいい!
ナシクニンがこんな風に包まれて売られているなんて。
ダウンウォカ(ウォカの葉)というらしいが、初めて見た。
包み紙といえば普通バナナの葉だと思っていたが、こんなのもあるんやね。
ウォカの葉っぱ丸々1枚を見せてもらったが、けっこうかたくてしっかりしている。
山折り、谷折り、山折り、谷折り・・・と繰り返し折っていったような葉っぱで、もう一息でチャンバラトリオのハリセンだ。
だんなはウォカという植物を今まで見たことがないと言っていたので、マカッサルにはないものなんだろう。
あればクッキングペーパー代わりになるやろうのに。

そうそう、辛いものを忘れていた。
ウォク(スープ)が有名で、具は魚であったり鶏肉であったり。
レトルトの調味料を買って帰ってうちで作ってみた。

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見た目の10倍は辛い。
でもね、おいしいんよ。
とにかくいろんな香辛料が入っているのだろうが、味が深い。
ただ辛いだけなら唐辛子入れてりゃいいって話になるんだが、匂いからして違う。
それはもう爽やか爽やか。
多分この爽やかさは何か植物の葉が入っているようなかんじ。
お腹いっぱい、そして汗もかいて気分爽快。
これを作った日、家中にマナドの匂いが漂っていた。
だんなもアオも、「あー、マナドまた行きたい〜」やって。
ウォク、匂いだけでマナド気分を味わえる一品である。

マナド旅行記続く。
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2009年05月10日

マナド旅行記デザート編

マナド旅行記パート3 デザート編

マナドのデザートといえばクラパタルトというのが有名である。
これを食べに行ったと言っても過言ではないほどに、私の頭の中ではさぞかしかわいらしいほわーんとココナッツ味のタルトを想像していた。
がしかし、買いに行って実物を見てびっくりした。

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でかい!
プチケーキほどのものをパクパク、と思っていたのが、バースデーケーキくらいある。
しかもタルトという名前なのに、底にタルト生地は見当たらない。
どこまでどう食べても、タルトに色や形を似せたお皿。
そしてカスタードクリームの中にこれでもか!ってほどココナッツの実がぎっしり入っている。
相当ぶっといきしめんが入っているようにも見える。
乾いて粉々になったココナッツがのっている程度かと思っていたが、これもまた想像とまったく違うものだった。
この違いは、肉まんのようなものを想像していたらギョウザだった、ぐらいの違いではすまない。
肉まんを想像していたらコロッケだったってぐらい違う!
まずくはない。
でもうーんー・・・私的には納得いかない一品であった。

さて、はまりにはまってもんのすんごい食べてしまったお菓子はこれ。

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すんません、名前を忘れてしまったわ。
クナリを椰子砂糖とからめてあるもの。
クナリというのはナッツ系で、マカッサルでは皮をむいたものが製菓材料コーナーで売られているが、マナドでは皮付きのも売っていた。

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見た目はアーモンドっぽいが、歯ごたえも味もくるみに近い。
このクナリがふんだんに使われていて、ほんとにシンプルな甘み。
昔懐かしいピーナッツ入りのべっこう飴を思い出す。
が、べっこう飴ほど硬くなく、しつこい甘さでもないのでこりゃもうやめられない止まらない。
しみじみとした庶民的な味。
あー、作り方聞いときゃよかったなぁ。
しかも名前も忘れてるし。
また今度マナドの友達に聞いとこーっと。

マナド旅行記続く。
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2009年05月08日

マナド旅行記シーフード編

マナド旅行記パート2 シーフード編

マカッサルと同じくシーフードで有名なマナド。
でも生け簀を見てみると、なんやマカッサルでは見かけない魚がけっこうある。
メニューを見ても聞かない名前があれやこれやと。
同じ島でも北と南でとれる魚がこうも違うんやねー。

中でもダントツでおいしかったのはこれ。

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巨大シャコ!
大人の腕の手首からひじぐらいまではゆうにある。

シャコ大好きの私としては、見た瞬間に「これ絶対食べる!」と。
私は日本では、地元の祭りの日に、早朝に買出しに行き、生きてピョンコピョンコ動いているのを茹でて食べるのが常だった。
しかしマナドのシャコは、茹でていいよ、という顔をしていない。
のっそりのっそりとした小動物のよう。
店員さんには「揚げますか?焼きますか?」と聞かれた。
で、揚げたらこんなんに。

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左のは最初の日に食べた小さめのもの。
殻がカリッカリになっていて、身はホクホク。
体が大きいだけでなく、味もそれはそれは濃厚で、食べ応えあり!
普通はサンバル(唐辛子ソース)を付けて食べるのだろうが、シャコの味だけで十分ご飯が進む進む。
調子に乗って次の日も違うレストランでシャコを頼んだ。(写真右)
今日はもっと大きいのを食べようと欲がでたのがよくなかった。
残念ながら卵だらけで身は少ない・・・
なんでも欲張るとろくなこと起こらんよな・・・

さて、シャコ以外も水族館のごとく店内を魚が泳いでいる。

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カニもうようよ。
ちょっと気持ち悪い。

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こちらは私たちが食べた魚たち。

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ゴロパ、それからチェパという魚の焼いたの。
ゴロパはマカッサルにはないな。
でもマナドではかなり主流の魚らしい。

あと、鯛のお頭焼き。

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これもマカッサルから来たものにとっては珍しい。
魚の頭のスープはあるが、素直に焼いたのはお見かけしない。
魚は焼くのがいちばんだと思っている私としては、サイコーの一品。
目の周りがおいしいんよねー。

魚の横に写っているのはダブダブという唐辛子ソース。
マナドのダブダブソースは有名でどんなものかと思っていたが、よく義母が作るのとほとんど同じでそうも珍しいものではなかった。
でも、とにかく辛いのはマカッサル以上。
唐辛子の量か、種類か、何が違うのかよくわからないが、かっらいかっらい。
魚介類好き、なおかつ辛いもの好きの人は、マナド行きをお勧めする。
だんなはごく普通のインドネシア人並みに辛いものが好きだが、マナドのソースにはヒーヒー言いながら食べていた。
でもヒーヒー言いながらもおいしいおいしいと。
マカッサルに帰ってきてからシーフードレストランで焼き魚を食べたが、「なんじゃこりゃ、あまっ」やって。
マナドの辛さに慣れてしまったらしい。
私としてはホッとしたけどね、その甘さに。
辛いものの影響か、私は胃けいれんが4日も治らなかったもんでね。
自分の胃の辛いもの限度を知らされたのであった。

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シーフードレストラン前にてパチリ。
ごちそうさまでしたー。

マナド旅行記続く。
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2009年05月06日

マナド旅行記行楽編

ずいぶんお待たせしてしまいました。
1ヶ月も前のことになってしまいましたが、マナド旅行記、今日から書いていきます。


4月9日〜12日までインドネシアは連休だったので、ユメの誕生日記念旅行へ。
行き先は北スラウェシ州マナド。
スラウェシ島南端のマカッサルから北端のマナドまで、飛行機で約1時間半。
マカッサルと同じく魚介類がたいへん豊富。
海がとてもきれいで、ダイビングでも有名なところである。

空港を出てすぐ、あ、違う!と思ったこと、それはキリスト教徒が多い地域であるということ。
3件おきに教会?ってくらいに教会の数が半端じゃない。
マカッサル市内の教会って私一つしか思い浮かばんよ。
その分マカッサルは3件おきにモスク(イスラム教寺院)なんやけどね。
で、そんなクリスチャンが多い町ならではのものを発見。

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びっくらこきましたがな、手を広げたどでかいイエスさん。
道路脇の小さな丘に建てられているのだが、ひょっとしたら奈良の大仏よりでっかいかも。
イスラム教徒は偶像崇拝を禁止しているので、こういうものを見ると、なんだか同じ国なのに異国気分。
真っ白なんやけど、なんか派手なんよね。
きっとあのポーズや。
気になるわー、なんでイエスさんがあのポーズなんか。

さてさて、今回は行楽編なので、観光地のことを。
まずはミニ動物園。
普通、動物園って

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こんな感じで動物は檻の中。
(ちなみにこれは七面鳥とともにの写真)

しかーし、タルシウスという手のひらサイズの猿がいたのだが、檻の中に入って見てくださいということだった。
なんでやろ?
めっちゃ小さくてかわいかったが、さすがに檻の中で写真を撮る勇気はなかった。
あと、大人の頭囲くらいの太さで、長さは十数メートルほどのヘビが2匹、普通の木の箱に入れられていた。
見たい人はその木の箱の隙間から見る。
鍵はかかっていたが、あとあと考えると映画『アナコンダ』を思い出しゾーっとした。
むっちゃ覗き込んでもうたし。
さらにその横にはコブラも数匹いた。
で、コブラの檻の横はコウモリ。
どうやらゾーっとさせるゾーンのよう。
余談になるが、マナド人はコウモリを食べるらしい。
肉がとても臭いので香辛料をがんがんに使う料理だとか。
でもイスラム教徒は、コウモリは逆さ向いているので、おしっこが顔にかかる汚い動物だと言って基本的に食べないと聞いた。
そう考えると、うーん、私も嫌やわ。

さて、そのほかの観光地。
温泉ですがなー、温泉。

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マナドから車で1時間ちょいくらい行ったところ。
何年ぶりだろう、温泉なんて。
日本に帰ったときもまったく行く機会のなかった温泉。
まさかマナドで ♪いい湯だな、アハハン ができるとは。
さすがにインドネシアの温泉と言うこともあって、毎日たわしでゴシゴシこすって掃除しているのだろうかと衛生面での不安もあったが、温泉ちゅうもんは体にええもんやろうと踏ん切りをつけて入った。
ここの温泉は家族風呂といえばいいのだろうか、なんせ個室に分かれている。こんなかんじに。

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二棟あって、入る前に熱いほうかぬるいほうか選べる。
私は日本人や、熱いほうに入るでーと意気込んで湯加減をみたら、ひぇーーー、それはあかん、こんな熱いのん営業中止にしてもええぐらいや!とあまりの熱さに断念した。
なのでぬるいほうでじんわりと。
ちなみにだんなは温泉初体験。
日本ではみんな裸で一緒に入るのが恥ずかしくて(典型的な外国人)一度も行ったことがなかったが、こういう個室なら問題無し。
今度は日本の温泉連れて行ったろ〜。
でも温泉ってもんはどこでも「は〜極楽極楽〜」って気分にさせてくれるもんなんやね。
マナドに住みたいとまで思った極楽だった。

マナド旅行記つづく。
posted by ubor at 00:24| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

たまご装飾

今日はアオの幼稚園行事に行ってきた。

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その行事とは、「たまご装飾大会」。
イスラム教預言者ムハンマドの生誕記念行事で、たまごを使った工作をしようというもの。
アオの幼稚園は4クラスあり、クラスごとに1作品を作って展示、その後先生らが採点するという流れ。

アオのクラスは、大きな鳥の周りに小鳥に見立てたたまごを敷き詰めていた。

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こちらは、優勝したクラスの作品。
飾りつけは凝っているが、いまいち何をしている場面かよくわからない。

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これは年中組ので、たまごに直接ペンで顔を書いていた。
顔も色紙で細工すればもうちょっとポイントとれたかも。

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これは動物園のよう。
色画用紙を細かく使っていてかわいかった。

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私は芸大を出ているにもかかわらず絵や工作がからっきしダメなので、子供たちの作品には非常に感心した。

このたまご装飾大会、ふと、昔昔にやった七夕を思い起こさせてくれた。
私が小さい頃は七夕になると、笹の葉飾りをするだけでなく、なすびやらきゅうりなんかの野菜を使って動物を作っていたものだった。
爪楊枝をさして足やらしっぽをつけ、牛、馬、豚、いろいろ作った記憶がある。
今でもまだ七夕行事でそういうこともやっているのだろうか。

こうやってインドネシア行事、イスラム行事を大切にしてくれている幼稚園に感謝したい。
子供を育んでいく上で、行事は大切だと思う。
その文化、その背景を知り、馴染んでいくことができる。
特に日本人である私にとっても勉強になる。
実は、おととい幼稚園からのお知らせの手紙で、「あさってはゆで卵を3つ持ってきてください」とあったのが、さっぱり意味がわからず持っていかせた。
行ってみて、あー、こういうことだったのかと合点が付いた。
インドネシアに住んで4年、まだまだいろんなおもしろいことがあるようだ。
posted by ubor at 23:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月16日

心肺蘇生法

今日、日本人による心肺蘇生法講習会が行われるというので、家族ともども行ってきた。
私は正直、こんなん高校時代に勉強したわい、と思っていたが、けっこう忘れているもので・・・
きっちりお人形さんで練習してきた。
だんなはそんなの勉強したこともなく、これが初めて。
よかったー、これで私の身になんかあってもそばに助けてくれる人がいてくれる。
他のインドネシア人も皆初めてのようで、必死に取り組んでいた。
アオもがんばったよ〜。

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インドネシアの片田舎まで、わざわざ日本からボランティアでやってきてくださって本当にありがたいこと。
この後はマレーシアに行くのだそうな。
一人でも助けられる命を無駄にしない、そういう思いがものすごく伝わってきた。
何よりも同郷(兵庫県)の方だったので、ありがたい度はますますアップ。
今回の心肺蘇生法を広める会の方の口ぞえで、マカッサルの病院あてに、神戸市の消防署より救急車が1台寄付されたとのこと。
あー、神戸の消防署なんて言われると親近感わきまする。
こりゃぜひ、次回の帰国時にはお礼しにいかなあきません。
心肺蘇生法の講師をしてくださった方が、言っていた。
「これでマカッサルで救急車を呼んでも、1時間以内には来ることができるでしょう」と。
正直無理だなと思ったが、あえて突っ込まなかった。
でも日本では6分で救急車は来るって!?
だんなは6分のほうを信じていなかった。
まだまだ日本とインドネシアの救急医療体制は違うよなー。
今日の講習を一歩として、少しでも助けられる命を助けていきたい、そしてこれを広めていきたいと思ったのだった。
posted by ubor at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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