2009年03月06日

腹ペコ運動会

昨日はアオの幼稚園で運動会があった。
今年度2回目。
なんで2回もするんやろう?
しかも平日で、両親は来ても来なくてもいいよと先生に言われた。
いつも思うが、なんともざっくりな感じだ。

今回の運動会は、本園と分園合同の大人数で行われた。
日本のようにじっと待っている時間というのがなく、生徒らは6つほどのグループに分かれ、グループごとにそれぞれの競技場所へ順繰りに移動していくというのだった。
アオはそのグループのぶどう組だった。
ほかにはりんご組、みかん組、いちご組、など果物でグループ分けされていたのだが、ライチ組というのがあって、あー、インドネシアだなーと感じた。

さて、始まり始まり。
競技で使う手袋をはめ、DAIGO気分のアオ。

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ウィッシュ!

まずぶどう組は水風船割り。
頭に針の付いた傘をかぶり、ジャンプして風船を割る。
6人一組でするのだが、6人のうち一人は風船がパーンと割れるのが怖い子がいて、アオはその類だった。
というのも、うちでは風船で遊ぶことを禁止しているからだろう。
だんなの親戚の子で、風船の割れたかけらが目に入り失明した子がいるから、だんなが断固として風船を禁止しているのである。

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見よ、このおっかなそうな顔。
最初はジャンプして割るのが怖かったのか、傘を手に持って、その手を伸ばして割ろうとしていた。
だが先生にジャンプしたほうがちゃんと割れるよと言われ、どうにか2つとも割ることに成功した。

次はスプーンを口にくわえ、ゼリーを運ぶ競争。
こういう慎重さがいるゲームはアオは得意。
大雑把に急いでするタイプだと、こけたときにスプーンがのどに突き刺さらないだろうかと心配のある競技だが、アオはゆっくりでも確実を求めるタイプ。

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そろーりそろーりとゼリーを落とさず、無事にゴールまでたどり着けた。

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次は色の違ったボールをそれぞれの色のかごに入れていく競争。

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何往復も走り回って、かなりばてた様子だった。
もう水筒の中身ははからっぽ。
私は午後の部から見に行ったので知らなかったのだが、まだご飯を食べていないと。
えー、もう1時半よ。
朝の7時半からぶっ続けって!
先生方よ、時間が押しているのは分かるが、ご飯の時間くらい与えてやって欲しい。
配られた水でなんとかしのがせるしかなかった。

しかし、本日のメインイベントでアオは再びやる気満々となった。
メインイベントというのは、木の上からのダイビング。
これは別に競争でもなく、体験といったかんじ。
いっちょ前にヘルメットやらロープやらで完全武装されたアオ。

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木の上に行くために、ロッククライミング風に作られた板を登る。

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無事に木の上に到着。

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さあ、それでは行きますよー。

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ビューン。

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着陸!

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さて、この後も縄登りやら、Tシャツに絵を描いたりやら、いろいろあったらしいが、私は2時20分から用事があったので帰らざるを得なかった。
もっと見たかったわ〜、残念残念。
予定表に終了は1時半と書いてあったのに、押しに押して結局3時ぐらいまでかかったそうだ。
仕事で見にこれなかっただんなも残念がっていた。
ぜひ、来年の運動会は休日にして欲しいと頼んでおこう。
腹ペコでも一生懸命だったアオ、よくがんばった。
幼稚園生活残り4ヶ月もめいっぱい楽しんで欲しいと思う。
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2009年03月04日

日本料理

マカッサルのとあるホテルで、日本料理フェアが始まる初日のデモンストレーションに招かれて、昨日の夜、久々に夫婦二人で出かけてきた。
私は知らなかったのだが、そのホテルでは料理に関しては毎月いろいろな催しがされているらしく、今月は日本料理がメインメニューになるのだと。
まず浴衣ショーが行われ、浴衣の着付けの仕方を見せてくれた。
まぁまぁ日本フェアではよくある光景。
だんなはぼそっと「やっぱり顔が濃いインドネシア人には浴衣は似合わんわ」と。
日本のわびさびをいかにもわかっているようなセリフ。
妻の私が言っておこう、‘なんちゃって’です。

その後シェフが、焼きうどん、揚げだし豆腐、焼き鳥を実演し、サーブしてくれた。
(写真が全体的に暗めで失礼します)

焼きうどん調理。
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ソースが焼きそばソースではなく、とんかつソースだった。
微妙に味がちがう。
あと、肉が日本だと豚なのだろうが、イスラム教徒の多いインドネシアなので、牛肉が入っていた。
エビとかイカのんがよかったような。
ま、いずれにしろ、ハイレベルを期待していたわけでもないので、普通においしくいただいた。

焼き鳥調理。
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いいかんじにねぎまになっていた。
しかしフライパンで焼いていた。
炭火焼のほうがおいしいが、確かに時間かかるわな、目をつぶるとしよう。
たれは甘〜かった。
その甘さは、スーパーのお惣菜コーナーを思い出させてくれた。

できあがり。
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インドネシア人にしてみれば、見た目よし、味よしの☆三つといったところだろう。
私は日本人なので、☆二つ。

できあがりを、さっきの浴衣ショーのお姉さん方が持って記念撮影。
地元のマカッサルテレビの取材を受けていた。
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このホテルでの日本料理フェア、本当のメニューにはざるそばや天丼なんかもあるらしい。
ようは、今日は招待しますが次は実費で来て下さいということ。
月末までやってるし、いっぺんぐらい行ってもいいかなと思っている。

この日本料理フェアに行って、非常にうれしかったことがある。
それは、ほかの招待客に、私たち夫婦が恋人同士のカップルに見られていたということ。
子供二人連れてなかったら、まだまだ私らもいけるやん!と二人で気分はよかった。
あとで、そこにいたインドネシア人の友人が私に言ってきた。
「『あそこにいるカップル、彼女はまだ若そうね』って言ってきた人がいたよ。子供二人おるって言うといたった」と
へへ、インドネシアではまだ私、20代でもいけるよいけるよ。
先日カットしたばかりの髪型が20代に見せてくれたようだ。
でもこれも地域限定やわ、きっと。
日本人から見たらごく普通の30代前半、いや、もしかしたら子供二人いるってことで35ぐらいに見られてしまうかも。

ということで、日本料理よりも何よりも、夫婦二人で出かけられたうれしい夜であった。
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2009年02月02日

パニック

昨日、マカッサルでいちばん大きなショッピングモールで爆発騒ぎがあった。
午後4時15分ごろの出来事だが、我が家はそんなことはつゆ知らず、そのモールに行こうとしていた。
4時20分、もうそこがモールだというのになんか込んでいる。
そしてモールのちょうど入り口のところにさしかかったぐらいから、どんどん人が出てくるのがわかった。

だんな「なんや今日は人が多いなー」
私「昨日月末でみんな給料出たばっかりやからちゃうの」
だんな「いや、ほんでもえらいみんな出てきよるで。芸能人がおるんやろか」
私「うそーどこどこー!」

非常にのんきな会話である。
で、私たちは芸能人を探し始めたが、人々がどこかに注目しているということもなく、同じ方向へ行くという気配もない。
駐車場入り口の手前でだんなが、出てきた人になぜこんなに人が出てきているのか尋ねた。
なんと、その女性は爆発があったというではないか。
ほんまー?
モール全体を見渡したが特にやばそうな箇所はない。
もう一人に聞いた。
すると、なんだかわからんが煙が充満していると。
即、駐車場に入らずに退散しようと決定。
ちがうショッピングモールに行く途中、爆発物処理班の車が向かっていて、夫婦でいろいろ想像した。
ほんまに爆発あってんやろか。
ただのぼや騒ぎちゃうか。
それとも狂気的な人がなんかしたんやろか。
真実は明日の新聞で確かめよう。

ということで今朝、新聞で確認した結果、
駐車場に停まっていた車が炎上したということだった。
何が爆発やねん、ええ加減ななー。
でも、急に車が炎上するのは恐ろしいことである。
日本のように車検がないので、ポンコツおんぼろ車はいっぱいある。
さらに、ポイ捨て大国である。
この2つを考えると、ガソリン漏れしていた車の横で誰かタバコを捨てたんじゃないかなと想像している。
単に車の整備不良かもしれない。
炎上した車は作動したスプリンクラーによって消し止められたということだ。
たいしたことはなかったようだ。

にしても、こういうパニックが起こったときなんでみんな「爆発だ」って言うんだろう。
バリで起こったテロの影響やろうな。
きっとあのテロがなければ、みんな「火事だ」って言ってると思う。
なんだか悲しいテロの後遺症。
爆発騒ぎなんて物騒物騒。
日本の皆さん、マカッサルは極めて平和ですのでご安心を〜。
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2009年01月09日

ガザ侵攻デモ

ここのところ毎日毎日本当に悲しい気持ちにさせられるニュース、イスラエル軍のガザ侵攻。
血まみれになった子供たちが運ばれていく姿。
このパレスチナの子供たちが何をしたというのか。
エジプトや国連の介入もあり停戦の方向へ向かっているようだが、ここまで一般市民の犠牲者を出しておいて対応が遅すぎるとも思える。

さてこのニュース、インドネシアではもっぱらパレスチナよりの姿勢で報道されている。
同じイスラム教徒だからだろう。
反ユダヤ主義って人は聞いたことないが、とにかく皆イスラエルは大嫌いである。
インドネシア国内でも一部の間では、パレスチナでともに戦おうと戦闘隊を募集しているグループもでてきた。

ニュースでは無残なパレスチナの様子がよく映るが、それとともにそれに関するデモの様子も映る。
インドネシアでは今、あちこちでイスラエルを批判し、停戦を求めるデモが頻繁に行われている。
そういったデモをするのは大学生が一般的なのだが、中学生が学校に皆で集合して停戦を大きな声で泣きながら叫んでいたのがいちばん印象的だった。
あぁ、この子らは利や政治など関係なく、純粋にパレスチナの様子を嘆いているのだと思った。
インドネシアの中学生の熱く純な心に私は打たれた。
日本の中学生にはこういう行為はできないんじゃないだろうか。

アオもユメもいつもこのニュースを見て「どうしたの?なんでみんなけがしてるの?」と聞いてくる。
「爆弾使ってけんかした人がおったんや、ほんで関係ない人もいっぱいけがしてもたんや」と答えておいた。
すべては理解できなくとも、2歳、5歳の子供でも悲しいことだとわかっていた。
こんな悲しいニュースを毎日子供が見るというのもかわいそうなことである。
ほんま、けんかはやめて。
けんかするなら外で1対1のガチ勝負にして。
一般市民の犠牲者が明日は一人でも少ないことを祈るばかりだ。
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2008年11月20日

マンゴーアイス

朝早く、やってきたよやってきたよおばあちゃんがー。
このブログ内ではよく登場する田舎のおばあちゃん。
だいたい年に3回ほどうちにやってくる。
いつも必ず突然で、朝早くに玄関ドアをドンドンドンと。
年に3回やってくるというのは、それぞれマンゴー、米、とうもろこしを収穫した直後で、それらを50キロぐらいバイクに携えてやってくる。
今日持ってきてくれたのはこちら。

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大量のマンゴーと調理用に使うジャックフルーツ、あとは薬味に使う野草類。
マンゴーが売れている順にきっちり並べてくれている様子。

おばあちゃんの作ったマンゴーは、めっちゃ甘くておいしい。
毎日5個はいける。
でもやっぱりこれだけ大量にあるとなんか加工してみよかなと。
ちなみに去年はこんなん作ってた→マンゴーレアチーズケーキの回参照
で、今年はジャジャーン。

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マンゴーアイス

この前日本に帰国したときに持って帰ってきた、アイスクリーム製造機を初めて使ってみた。
おいしいやないの、これ〜。
インドネシアに住んでいることを自慢できる唯一のひと時。
アオもユメもマンゴーアイスを大変お気に召したよう。
作り方も簡単やし、しばらくはマンゴーアイス週間が続きそうである。
冷たいもんばっかりでお腹こわさんように気ー付けなあかんわ。
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2008年11月01日

社会見学

ここのところ断水がよくあったためか、蛇口から出る水は茶色く濁っていて、鉄のようなにおいがひどかった。
私とだんなは臭いなーと言いながらも、それでお風呂も歯磨きもしていた。
しかしアオは「花火のにおいがするー」と水を使うことを嫌がり、鼻をつまんでお風呂、ミネラルウォーターで歯磨きをすると言ってきかなかった。
なんなん、この世話の焼ける日本人。
いや、でも私も本心はそんな水は使いたくない。
しかしずっとミネラルウォーターを使うほど勇気もない。
まぁ、死にはせんやろうというぐらいの気持ちがそうさせているのだ。

さてそんなおりしもおり、アオの幼稚園から「明日は水道局に社会見学に行くので、父兄の方も興味があれば来て下さい」と連絡帳に書いてあるではないか。
これは何か珍しいものが見れるかもと思い、大変だがユメも連れて一緒に行ってきた。

まずはクラスごとに順番にタンクを見ていく。
その前に、事務所のおばさんが「ここではこんな汚い水をこちらのようなきれいな水にしてるのですよ」と軽く説明。

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汚水をのぞきこむ子供らと案内のおじさん。

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はー、汚かった。
だって黄土色も黄土色、さらにゴキブリ浮いてたし。
ダムから流れてきた水をろ過して薬を入れ、各家庭の上水道へと流されていくとのこと。
え?と思ったことは、ろ過して残った汚い泥水は普通に川に流されていた。
川、めっちゃ汚いよ、さらに汚すのかい?
日本の水道もこんな仕組みなのだろうか?
いや、日本の川のほうがよっぽどきれいと思うけどなぁ・・・

最後に園長先生が、「説明をしてくれたおばさんに質問がある人?」と聞いた。
そしたらアオがむちゃむちゃ勢いよくピンと手を挙げた。
他の子らはもうだれーとしてうだうだしているのに、なんや、アオ、と私もびっくりした。
で、その質問とは、
「今蛇口から出る水は、どうして臭いのですか」と。
その答えは、「臭いのは、汚いものがまだ残っているのではなく、薬のにおいなんですよ」と。
それを聞いてすぐさま私のところに駆け寄ってきて、
「お母さん、あの花火のにおいがする水はな、あれ薬なんやってー」とわざわざ日本語で伝えに来てくれた・・・それぐらいのインドネシア語はお母さんわかるんやけどね・・・
まあでも、こういった生活に基づいた社会見学はアオにとっては良かったと思う。
それ以来お風呂も歯磨きも普通にしてくれるようになったし。

しかしながらだんなは言っていた。
「あれは薬のにおいじゃないで。断水の間にどっかのタンクかパイプがさびたんやろうなーきっと」
そうやんな、そうやんな、私もそう思っててん。
んー、このことはアオには黙っておくとしよう。
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2008年10月23日

ただいま〜

皆様ご無沙汰いたしておりました。
日本帰省より戻ってきました。
今日からまたインドネシア生活の日々をつづっていきますので、よろしくお願い申し上げます。


さてさていつも通りに。
本当はいろいろネタ盛りだくさんで、帰ったらすぐにパソコンへ向かおうと思っていた。
がしかし、そうは問屋が卸しまへんでしたがな。

昼過ぎに帰宅したら停電していた。
黙々と荷物をほどいていくが、流れる汗汗汗。
電気がついたので、いったん休憩しようとテレビをつけたらつかない。
土砂降り雨の中、だんなが外のアンテナを動かしてみるが無理。
雷がひどくなってきたのであきらめてだんなはお風呂へ。
しかしながら水はちょろちょろ・・・断水や・・・
だんながちょろちょろ水を浴びたら水は完全に出なくなり、外出することに。
ご飯を食べて買い物をして帰ってきたのが夜9時過ぎ。
蛇口をひねる。
まだ水出てへんやんーーー!
仕方なく長旅の汗も流せぬままパジャマに着替え、ミネラルウォーターで歯を磨いた。
クーラーの効いた部屋でゆっくりしようと思ったものの、クーラーも調子が悪くなっていて17度にしてもほぼ送風。
冷風はどこへやら・・・
気を取り直し日本から撮りだめしてきたDVDを見始めて20分後、真っ暗闇に。
夜の10時に停電。
窓を開けてはみたが、風はまったくなく蒸し風呂状態。
心を無にして寝ることにチャレンジしたものの、耳元でブ〜ンと蚊の舞いが。
午前1時に電気が復旧し、その後は送風でなんとか眠りにつくことができた。

帰宅してから毎日いつ断水か停電か何かが壊れるかわからない状態なので、いまだ旅疲れはとれておらず。
だんなと二人、「もう!なんなん、インドネシア!」これが今の口癖。
でもしばらくすればそんなのにも慣れ、不便が普通になってくるだろう。
さ、今は水が出るのでタンクに貯めてくることにしまーす。
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2008年07月18日

新学期

今週からアオの幼稚園の新学期が始まった。
2週間の休みの間、アオは「幼稚園行きたいー、行きたいー」と暇で暇で本当にかわいそうな日々であった。
なのに、やっと幼稚園が始まるという日の前の晩に熱を出してしまい、初日、二日目と休んでしまった。

みんなに遅れをとり、3日目から楽しい幼稚園生活。
私も新しい教室、新しい先生を確認してきた。
5歳児ともなるとさすがに幼稚園に行かせる人も多く、クラスの人数が1.5倍になっている。
インドネシアでは幼稚園に行かず、そのまま小学校という家庭もけっこうある。
だんなの世代では幼稚園はあったかもしれないが、誰も行ってなかったらしい。
保育園と言うものはなく、その代わりベビーシッターを雇ったり、祖父母や親戚が子守をしてくれる環境にある。

さて、登園最初のお知らせの手紙をもらってきた。
「父兄会」のお知らせ。
園についての説明、PTA会長を決める、給食当番を決める、などいろいろする。
そのお知らせをだんなが読んでくれた。
そしてムフフと笑って言う。
「もちろん行くんやろ?」
行かへんで、今年は絶対行かへんでー!
父兄会なんぞ行かなくとも、平穏に園生活を過ごすことができるのである。
これ、去年の教訓。


ちなみにえらい目にあった去年の出来事は、下記記事をクリック参照。
父兄会とその次の日の
こぼれ話
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2008年07月06日

七夕

ちょっと前の両親からの救援物資の中に、折り紙がたくさん入っていた。
そしてさらに昨日、だんなが竹を取ってきた。
その二つですることと言えば一つ。

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七夕飾り〜。

インドネシアの竹は、日本のと種類が違うので、笹は少なくて一枚一枚が大きい。
飾りがなかなか思うようには引っかからず苦戦した。
でも、そんな私をなんとか手伝おうとしてくれる頼もしいアオ。
それに引き換えだんなは、「何をどないに飾るのかよくわからんし、何のためにこれをするのかもよくわからん」と。
このあたりで外国人と結婚したことを痛感させられる。
こうなったら毎年七夕飾りをして、やり方をおぼえてもらうしかない。
ただ、日本の夏を感じたいだけなんやけどな〜。
posted by ubor at 22:06| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月29日

修了証書

先週末でアオの幼稚園年中生活が終わった。
今週からは夏休み?学年が変わる前の休みだから日本語だと春休みか?
ん〜、ポカポカ陽気ではなく、ギラギラ照りなんやけど・・・

最後の日はてっきり催しものがあるのかと思いきや、修了証書を親とともにもらいに行くだけという、なんともあっけないものであった。
日本の卒園式なら
♪いつのーことーだかー
  おもいだしてごーらん
   あんなことーこんなことーあーったでしょう
なんて歌い、私は涙ほろりなんだろうけど。
いやいや、まだあと1年年長組に行かなあかんねんよ。

さてその終了証書、いろいろな項目にわかれて☆の数で判定されている。
それにさらに項目ごとに先生からの言葉がぎっしりと。

宗教の項目:アオは全部お祈りの言葉を覚えています。でも動作は一つ二つするとすぐに遊んでしまいます。
・・・ま、遊びたい盛りやし、大目に見てあげよう。

絵画の項目:なんでもいろいろと絵を描くことができます。色塗りは雑でまだきれいにできません。
・・・私今でも色塗り雑やし、うん、私の子や。

言語の項目:以前よりもだいぶん単語が増えました。インドネシア語、日本語、英語で数字を数えてくれます。でもまだ通じないことがときどきあります。
・・・うちでも「○○って日本語で何?」とよく聞くけど、それを幼稚園でも言ってるのかな?

生活の項目:友達とものの取り合いなどせず、譲ってあげています。分からないことがあれば、誰よりも先に質問してくれます。感情的に怒ることがあります。
で、最後に
教室に入るとすぐ靴下を脱いでしまいます。

・・・えー、そんなこと終了証書に書かれるのー!
だんなと二人で笑ってしまった。
なんやそんなこと、毎日だんなか私が送り迎えしよったのに、そのとき言うてくれたらええやん。
こっ恥ずかしいやん、すぐ靴下脱いでまうって。
この終了証書はもちろんアオが大人になるまでおいといたげるけど、後々見て、また笑うんやろうなー、「すぐに靴下を脱いでしまいます」やってって。

しかし今から靴下教育は難しい・・・このギラギラ太陽のもと。
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2008年06月24日

ダム

この前の日曜に日帰り旅行をしてきた。
行き先はマカッサルから車で2時間ちょいのマリノ
そのマリノに行く途中に大きなダムがある。
そこでちょいと休憩。

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(ダムはアオとユメの後ろ側)

このダム、実は日本人が指揮を取り建設したもの。
マカッサルやその近郊に安定した水が供給されるように建設された。
さらにマリノでは火山噴火や地震、洪水の際の土石流を防ぐ砂防ダムが建設されている。
これも日本の会社が指揮を取っている。
現場を見学してきたが、自然災害を相手に、ものすごく大規模で果てしない工事。
こんな外国の田舎まで来ていただいて、私でもほんとおそれいってしまう。

それよりもインドネシア人ってダムよう作らんのやね。
一日も早く日本の技術を吸収し、自国で災害対策できるようになれることを切に願う。
現場の日本人の方々、コシヒカリの握り飯ほおばりたいやろうなー。
・・・いやそれは私の願いか・・・
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2008年05月31日

アオ5歳

今日はアオの5歳の誕生日。
またまたがんばってケーキ作ったぜい。
今回はココアスポンジのピーチケーキ。

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おいひかった〜。(失礼、自画自賛)

そして今年の誕生日プレゼントはこちら。

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子供用ドラムセット。
去年のキーボードに引き続いたわけではないが(クリック参照よっつになります」の回)、また楽器。
お気に召したようで、すでに気分はドラマー。


さてさて、今年の誕生日はアオの希望で、幼稚園の友達&先生を呼ぶことになった。
いつもの親戚一同じゃあかんらしい。
幼稚園の友達を呼ぶということは、お母様方も正装でやってくる。
しかも誕生日プレゼントを携えて。
親戚一同なら、おばちゃんと子供らはパジャマで手ぶらでやってくる。
このへんの違いで、気の使い度がビューンとアップ。
料理は仕出し屋に頼み、袋に詰めたお菓子セットのお土産を用意して、なんやかんや直前までバタバタしていた。
あー、なんか日本みたい。

我が家で開かれたお誕生日会。
インドネシアでは、なんでかわからんけどケーキ入刀は自分でする。

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さすがに一人では切れないので、先生に手伝ってもらいながらアオはケーキカットを無事終えた。
先生が「アオ、一切れ目のケーキはいちばん大事な人にあげるんだよ」と。
もちろんそれをいただいたのは

母なのだー!

へへ、私の育て方がいいんじゃない?
うれしいぞ、アオ!

アオ、5歳の誕生日おめでとーう!
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2008年05月01日

ロギコ大会

今日はインドネシアは祝日で、幼稚園はお休み。
かとおもいきや、昨日先生から電話が。
「アオはロギコがクラスでいちばん上手だから、明日ロギコ大会にクラス代表で出てほしいんだけど」と。

ロギコ?はて、なんだそれ?
私の悲しいインドネシア語力では、先生の説明もむなしく、「紙を入れ替える」と言うことしか分からなかった。
それと明日8時にどこどこでねというのと。
帰ってきただんなに聞いてもロギコとは何か知らないと言う。
アオに聞いてみた。
「こんな赤いやつこっちやって、黄色いやつこっちやってな、こんなこんなこんなん」
ロギコをするときの動作をしてくれるが、さっぱりわからん。
先生が紙を入れ替えると言っていたのとアオの動作を組み合わせて、だんなはパズルだろうと予想した。
確かにアオはパズルのように何かを組み合わせて遊ぶのが好きだ。
要はパズル大会ってことやなと、だんなと二人で勝手に納得していた。

ま、百聞は一見にしかず、休みの日だが早起きして行ってきた、そのロギコ大会とやらに。
ロギコとは、これでした〜。

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絵が描いてある紙を入れ替えて、いろいろな問題を解いていく。
その答えはすべて色で分けられており、答えは下のその色のマグネットをその部分に移動させるというもの。
例えば上の写真、問題は体の部分、答えは英語で書かれている。
首を黄色マークが指しているので、neckと書かれてあるところへ黄色いマグネットを持ってくる。
下の写真は算数で、青いさいころが二つ、それぞれ目は1と4。
足すと答えは5なので、5のところに青いマグネットを持ってくる。
というもの。
アオはそんな英語や算数なんてまだできないので、多分大会では、動物の前から見たのを後ろから見たのを組み合わせる程度のものだったと予想される。
なんせいろいろな問題の紙を入れ替えて、すべて色で答えられる、子供にはとっつきやすそうなものだ。

さてさて、ストップウォッチを持った先生方が集まり、よーいスタートとロギコ大会幼稚園年少の部が始まった。
私の子なのに、私とは似ても似つかぬことをするのでびっくりした。
他の子達はできたらすぐに先生のところへできたと言って持っていく。
しかし、アオはできているのに、じーっと見直して合っているか確認確認。

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私は心の中で叫んだ。
「はよ持っていきーやー。先生正解とか不正解とかちゃんと確認してないで。全部うまってたらええねんって!」
トホホ。
アオののんびりした確認作業のため、惜しくも6位に終わってしまった。
でもほかにまだできていない子が半分くらいいたから、のんびりして6位は上等なほうだろう。
小学生の頃から、特に家庭科では「一番早いがいちばん雑だ」と先生に言われていた私の子とは思えない。
競争心が無いのか、慎重派なのか。
でも、終わって出てきたアオは参加賞のお菓子セットをもらい、
「お母さん、ぼく勝ったでー」
と栄光を手に入れたかのごとくガッツポーズ。
そんなアオを見て、早くて不正解より遅くても正解のほうがいいかと思い、
「ようがんばったな。よかったよかった」
と褒めてあげたのであった。
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2008年01月23日

50周年

今年は日本とインドネシアの国交樹立50周年の記念の年である。
それで、何かと催し物が開催されている。
ジャワ島のほうには、秋篠宮様ご夫妻がいらっしゃっている。
ご夫妻はお腹ピーピーになってやしないだろうか、という心配もありつつ、ピーピーでもいつもにこやかに民に手をふられるのだろうなぁと、尊敬の思いもありつつ。
行きたいわ〜、見に行きたいわ〜。
はぁ、遠きジャカルタ。

その代わりと言ってはなんだが、マカッサルでは津軽三味線のコンサートが昨夜開催された。

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三味線に関する知識が無くても、とても楽しめるコンサートだったらしい。
「らしい」というのは・・・実は私は行っていない。
行っただんなから聞いた話だ。
むっちゃ行きたかった。
だって津軽三味線がこの僻地マカッサルへ来るってすごくないか?
日本でも、高いお金出さんとそんなコンサート行けへんよ。
しかもサザンやドリカムのコンサートならまだしも、津軽三味線のコンサートに行こうと誘う、もしくは誘われる機会はめったやたらにない。
はー、なにゆえ2年に1度くらいしか引かない風邪を昨日・・・
悔しい。
もう死ぬまで津軽三味線に出会える機会はないだろう。

ん?でも50周年の記念行事はまだ始まったばかり。
もしや、もしや、
次はサザン?ドリカム?
そんな淡い期待も胸に秘めているのだが。
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2008年01月20日

とうもろこし

ブログ内ではよく登場するおばあちゃん(←見てない人はクリック)から、先週呼び出しの電話を受けた。
とうもろこしがたくさんなってるから取りにおいで〜」

ってことで親戚一同を連れて、いざど田舎へ。

おばあちゃんはいつものごとく、私たちの背中や肩をバシバシ叩き、大声で笑いながら出迎えてくれた。
着くとすでに焼きとうもろこしのいい香りが。

0329.JPG

大鍋でとうもろこし料理がたんまり作られていた。

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ちなみにおばあちゃんちはガスコンロはないので、このように調理はすべて薪を割ったもので炭火焼き。
家は高床式で、みな家の下でのんびり食べる。

お料理はこちら。

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右上:とうもろこしのお粥。
左上:唐辛子ソース(どれにでもつけてよい)
右下:ブラス。とうもろこし、もち米、黒米を混ぜたものをとうもろこしの皮で包んで蒸したもの。
左下:ゆでとうもろこし、焼きとうもろこし。

とうもろこし三昧ぴかぴか(新しい)

おばあちゃんの作っているとうもろこしは、日本のとは違い、色が白く、小ぶり。
もっちもっちした歯ごたえで、甘みは少ない。
今まで野菜売りから買ったことがあったが、それほどおいしいとは思わなかった。
しかし、やっぱり採れ立てはちがう!
特に焼きとうもろこし。
焼けば焼くほど甘みが出て、パクパクパクパク止まらなーい。
口の周りや歯の間に焦げのかけらが付いていても、気にしない気にしない。私とだんなは焼きとうもろこしばかりを食べ続けた。

食べていてふと10m先を見ると、一緒に来たイダおばちゃんがしゃがんでいる。
川に向かって。
ん?
小を、小を排泄しているんじゃないかい、あれは!
ちょっと、ちょっとーー!
戻ってきたおばちゃんに
「見えるとこやんかー、おばちゃん!」
と大笑いで言ったら、
「見えへんがな〜、これがあるから」
これとはサルンという腰巻布のことで、胸から足のかかとくらいまでの長さがある。
そうだな、確かに川のほうを向いていたし、サルンのおかげで禁部分どころか足すらもこちらからは見えなかった。
おばちゃんはさらに言った。
「田舎の人はみんなサルン巻いて排泄もすれば水浴びもするんや」
そう、田舎にはトイレも風呂もない。
水道も通っていないので、おばあちゃんちは雨水をかめに溜めているのと井戸水を併用している。
私もイダおばちゃんくらいの歳になったら平気でやってるかもしれないが、とにかく今は川に排泄はまだ無理なので、4軒か5軒くらい先のかなり遠くのお宅までお邪魔することにしている。
その村唯一のトイレもドアが閉まらないので、今日はその辺の棒をあてがえてなんとか見えずに用を足すことができた。
ウルルン滞在記の人が来たら、ぜひ川排泄に挑戦していただきたい。

しかしおばあちゃんの丈夫さにはいつもびっくりさせられる。
だって、見て!

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お土産に持って帰りと、とうもろこし約10キロを頭の上に乗せて持ってきたのだ。
しかも背筋はピンとしていて、腰も曲がっていない。
さっすが毎日畑仕事に精出してるだけあるわ〜。
いつも裸足やし。
日の出前におき、日の入りとともに寝る生活。
ある意味めっちゃ人間。

おばあちゃんありがとう!
また来るよー。
さて次は何の収穫がひかえてるのかな〜。
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2008年01月18日

デモ

マカッサルはただいまデモが各地で勃発中。

11月に行われた南スラウェシ州の州知事選挙(選挙の回クリック)で、なんと現州知事が敗北という結果になった。
当選したのは現副州知事。
それで負けたほうが、不正があったんじゃないかと選挙の無効を求めて裁判沙汰にした。
結局裁判では4市でやり直しとなった。

なのに、なのによ、本来決まっていた州知事就任式の1月19日(明日)、当選した側が就任式を強行するぞーって。

それで両陣営が衝突したり、州庁舎なんかでデモ、デモ、デモ。

日本のデモは平和的で、デモというかんじがしない。
プラカードを持って、「○○はんたーい!」ってくらいでしょ。
こっちのはタイヤを燃やすわ、警官と殴り合いするわ、なんやかんやを鉄の棒で壊していくわ。
ありゃー外はえらいことになってんねなー、とのんびり家でニュースを見ていた。

いや、のんびりってわけじゃない。
イライラ。
デモの影響で道路が込んでいる。
渋滞じゃなく、停滞だ。
進まない。
と言うことでジュース屋がもうかる。
ジュース屋が車の間を歩いて売っているのだ。
しかも普通の2倍の値段で。

イライラするのは運転手だけじゃない。
車で通勤するだんなの帰りを待つ私もイライラ。
せっかくコロッケ作ったのにー!
冷めてまうやんかー!
はよ帰って来いよー!

ただ、暇だからデモでもして日ごろのうっぷんを晴らしてやろうなんて人がいるなら、即刻やめていただきたい。
そしてすぐ帰宅し、コロッケの温度を確かめていただきたい。
冷めたコロッケは底辺が油でべちゃってなってるんだよ!

デモがあると、家庭の夕食にも影響が出るのである。
はーもうまったくいいことないなー。
ジュース屋でもやろかな・・
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2008年01月07日

下剋上おじさん

旅行話の続き。

どうしてボネというところに行ったのか。
ボネで、だんなの友達の奥さんの妹の結婚式があったのである。
日本だと、こんな遠い関係の人の結婚式に行く人なんて誰もいない。
でもインドネシアでは関係があれば、「来る?」「うん、行く」の二つ返事で招待客の一員となれる。

だんなの友達は逆玉にのったと聞いていた。
現に友達は、奥さんのお父さんの仕事を手伝っている。
そのお父さん、むちゃくちゃいい人だった。

DSC00316.JPG

ハジさんと言う。
ハジさんは、ボネで5本の指に入るほどの大金持ち。
木材を輸出している。
まず、家がでーかーいー。
部屋28部屋、さらにバドミントン用体育館付き。
でもそんなきらびやかでもない。
ハジさんも写真を見ても分かるように、ちゃらちゃらしたゴールドも付けていない。
なぜか、それはハジさんの生い立ちを聞いて納得した。

ハジさんは小学校3年でリタイアした。
その後、カキ氷を自転車で売り歩いたり、バナナの天ぷらを売り歩いたり、道路工事現場で働いたり、家具を作ったり・・・等等。
暮らし向きは楽ではなく、時には盗みもおかしたそうだ。
でも、盗んでも使った残りは必ずモスク(イスラム教の礼拝堂)に寄付をしていた。
結婚した頃も貧乏だったと言う。
ある時、ハジさんは砂糖や小麦粉など、離れ小島には無い物資を船で運ぶ仕事を始めた。
持って行くだけでは帰りのエンジン代がもったいないので、逆にこちらの島には無い木材を買って帰ってくるようになった。
それが大当たりした。
最初は小さい船で、雨でも嵐でも何週間もかけて渡っていたが、今では大きい船に成長した。

これだけ書くと、ただ運がいいだけじゃない?とお思いになるだろうが、そんなことはない。
自力でいろいろ勉強したのか、何でもよく知っている。
そしていろんな経験をプラスにしている。
写真ではパソコンの前に座っているが、実際あまりパソコンはできないそうだ。
私の頭の中がパソコンだなんて言っていた。
よくしゃべり、いろんな人生観について語ってくれた。

親の家業を継いできた坊ちゃん金持ちとはわけが違う。
なにしろハジさんは、収入をすべてわがものにしなかった。
今までモスクを30以上建設し、道路の通っていないところに道を作り、数限りない寄付を行っている。
そして親戚たちからの見合い話で「うちの子をハジさんの娘さんの婿に、結納金70万円でどうだ」などと言ってくる輩をはねのけ、子供たちにはみな恋愛結婚をさせている。

すごくすばらしい人だった。
帰りに自分で書いたと言う自伝をくれた。
うちの家族には、どんなに友達でもインドネシア人の家には泊まらないと言う鉄則がある。
ハジさんにも、うちに泊まっていきなさいと言われたが、丁重にお断りした。
あとでホテルでだんなと、ハジさんちなら泊まってもいいかなってちょっと思ってもたなと言いあった。


私は常々言う。
インドネシアでは、お金持ちは死ぬまでお金持ち、貧乏は死ぬまで貧乏だと。
でも、ハジさんのような下剋上もあり得るのだ。
自分の私服を肥やすだけしか頭に無い金持ち像しか持っていなかったので、ハジさんに出会えたことはすごくよかった。
ぜひ、世界バリバリバリューに出ていただきたい。
そしてだんなよ、ハジさんに続けー!
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2008年01月06日

旅行

忙しいだんなに、
「アオの正月休みが終わってまう〜、どっか行こ〜よ〜行こ〜よ〜」
とごねて、1泊2日で旅行に行ってきた。
ということでしばらく旅行記を書きます。

旅行と言っても、観光地でも何でもない田舎へ。
車で4時間ほど行ったところのボネ(Bone)というところ。

日本のような高速道路を4時間ではない。
山を3つ4つ越えた。
一応道は舗装されてあったが、ボコボコしているところが多々。
時速はだいたい60キロで行っていたのだろうか、けっこう速い。
常に震度3〜5ほどのの揺れ。
ガードレールのない崖っぷち。
急に道路を横切る数十匹の鶏親子。

景色はけっこう変わっていく。
でも途中で気付いた。

棚田、集落、牛の群れ、棚田、集落、牛の群れ、棚田・・・

その3つをじゅんぐりに見ているような・・・

棚田はすんごい広さと言い、高さと言い。

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バリ島でも棚田を見たことがあるが、ここのもすんごかった。
この山をゼロから切り崩して、平坦な段を作って、水路を作って、ってそりゃぁもう、先人たちの苦労が伝わってくる。

すんごいのは先人たちだけではない。
写真にもお兄さんが写っているが、あんな若いお兄さんも、おじさんもおばさんも、すべて手作業
日本でよく見るトラクターだの、耕運機だの、稲刈り機だの、機械をまったく使っていない。
苗を植えるのも、一つ一つ腰をかがめてやっていた。
私なら1分でリタイアしそうなあの中腰。

農業をやっている人って、なんであんなに元気なんやろう?
なんであんなに丈夫なんやろう?
むちゃくちゃ日に焼けてるけどうらやましい。
毎日「あー、今日のご飯おいしい!」なんて言って食事してんねやろな。
ご飯はおいしいし、背筋はピンとしてるし、腰痛はなさそうやし。
ほどよく茶褐色に日焼けした、しわしわの笑顔。
私よりまぶしかった。
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2007年12月03日

博物館

知っている方もいるだろうが、私は毎月、アジアウェーブというウェブ新聞にインドネシア関連の記事を書いている。
来月号の原稿を仕上げるべく、ちょっと調べ物に博物館へ出かけてきた。

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ジャワ方面からの政府関係の観光客が来ていて、その人たちのための舞がちょうど終わったところだった。
舞っていた人が出てくる出てくる。

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中に入ると床にたくさんの米粒が散らばっている。
ここの舞は、米粒をばら撒きながら舞うからだ。
中はそう広くはないが、この辺りの昔の王族のものがたくさん展示されてあった。
王様っていろんなもん持ってんねんなーと言いながら、王様のいすに腰掛けさしてもらうアオとユメ。

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でも王様にはなれへんよ。
後ろに王様のものらしき衣装が飾ってあるけど、あれ、着てみたかったなぁ。
「触れないでください」の注意書きを見ずしてさわってしまう、さわりたがりー、においたがりーの私としてはちょっと心残り。
せめて顔のところだけ穴のあいているパネルみたいなのがあったら、私も王様気分ぴかぴか(新しい)やのに〜。

久々に、買い物でもなく友人や親戚の家でもないお出かけ。
堪能して帰ってきたら、あー、ご飯炊かなあかん時間や。
主婦やわ〜。
王様は米研いだことなんかないんやろうなー、と思いながらゴシゴシと手を動かす・・・
posted by ubor at 15:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

外食

今日の夜は、家族4人で外食しに行こうとおとついから決めていた。
というのも、友人が教えてくれた焼きイカのおいしい食堂の場所をようやくつきとめたから。
その店を探すこと数回、いつも見つけられずにもうお腹減った〜と違う店に入っていた。

そして今夜は・・・

見つけたよ見つけたよ、

R.M Nelayan

の看板を!
(日本語に訳すと漁師食堂)

墨付きイカ焼き&イカンスヌという魚(日本語はわかりましぇん)を注文。
すぐに外で店員さんが焼き始めた。

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焼き魚は炭火焼に限る!

それ以外にも空心菜炒め、オタオタ(ココナッツ風味のかまぼこ)も注文し、満足のいく料理がそろう。

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「写真撮るからまだ食べたらあかん!」
そんな私の言葉を無視するかのように、だんなもアオもがっつき始める。
遅れをとって私もがっつき始める。
ユメも私たちのペースに負けじとついてくる。

ぷふぁぁ〜。
たらふく食べた。
おいしかったのは言うまでもない。
やっぱりマカッサルは海のものよな〜。

でもおいしかったのは、実はサンバル。
もちろん魚、イカ自体もおいしかったが、このお店のサンバルはいろいろ種類があって、それぞれチャンプルすると自分のお好みにできる。
ちなみにサンバルと言うのは、インドネシアの唐辛子ソース。
私は激辛が苦手なので、ちょい辛のとトマトが入ったのとマンゴーが入ったのとライム汁、香草を混ぜて、魚やイカに付けて食べた。
どんだけ混ぜよんねん!と思われるかもしれないが、これがインドネシア流なのよ。
日本のようにただの塩焼きじゃぁすまない。

日本から両親が来たときには、絶対一緒に来ようねと帰りの車内でだんなと話した。
いやいや、両親のみならず、マカッサルに来たことのないお友達、いつでもマカッサルへいらっしゃ〜い!
南国の海鮮料理、ご賞味あれ!
posted by ubor at 23:51| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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